2014年6月9日月曜日

上田誠也東大名誉教授に聞く:予知研究は前兆現象探求//予知情報が出たことはない//地震の寸前に地電流に異常//ギリシャではVAN法による予知に成功//「地震ムラ」はなぜできた










上田誠也東大名誉教授に聞く 1/6

http://i.jiji.jp/jc/v4?id=20130911_earthquake_prediction0001

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予知研究は前兆現象探求


インタビューに答える上田誠也東大名誉教授【時事通信社】
 

甚大な被害を出した東日本大震災の後、最大でマグニチュード(M)9クラスとされる南海トラフ沿いの巨大地震が注目を集めている。津波の高さは最大34メートルで、死者32万人、被害総額220兆円という被害が推計されている。しかし、内閣府の調査部会(座長・山岡耕春名古屋大教授)は2013年5月の報告書で「現在の科学的見地からは地震の規模や発生時期を高い確度で予測することは困難」との見解を公表。日本地震学会も12年10月に発表した行動計画に「地震予知は現状では非常に困難」と明記した。地震学は「最悪の事態」を予知できないという結論に国民は困惑せざるを得ない。

地球物理学者で日本学士院会員の上田誠也東大名誉教授は日本におけるプレートテクトニクス研究の第一人者。地震学とは別の分野での科学的研究によって地震の短期予知は可能とする考えから、「地震予知学」を提唱している。地震予知を可能にするため何が必要なのかを聞いた。(聞き手 時事通信社編集局長 安達功、インタビューは2013年8月27日)



安達:「地震予知-現状とその推進計画」(ブループリント)に基づいて1965年にスタートした日本の地震予知計画では観測網も充実し、研究も進歩したと思います。しかし、その結果「予知は困難」と言わざるを得なくなった地震学とはどういう学問なのでしょうか。

上田:地震計で地震の揺れ、つまり地震波を観測し、その結果に基づいて地球や地震のことを研究するのが地震学(seismology)で、大きくは2つに分かれています。1つは地震波を媒介として地球の内部構造(地殻・マントル)を調べる学問。これは地震学の出発点で、19世紀に主に欧州で始まりました。もう1つは、地震波によって地震そのものを調べるのもので、英語では「earthquake seismology」と言います。欧州で始まった地震学がある程度進歩した20世紀になって、地震が起こる地域で盛んになりました。米カリフォルニア、日本、イタリア、ロシアの一部地域などです。

実は、地震学は地震予知にとって直接的にはあまり役に立ちません。地震予知は短期予知でなければ意味がないからです。1週間とか1月以内とかですね。「何年後に何%」というのは地震予知と言うべきではないと思います。それが国民一般の常識ではないでしょうか。自分の生命を救うには1週間ぐらい以内に言ってくれないと困るわけです。

地震の発生を予知するためには、前兆とされる現象を研究し、とらえなければなりません。地震の前兆現象を研究するのが短期予知なのです。ところが、前兆現象とは地震の前に起こる現象なのですから、その大多数は地震そのものではないんです。地震計をいっぱい並べて地震のメカニズムなどを明らかにするのは大切な研究ですが、地震の予知にはあまり役に立たないのです。

5月の報告書の見解は、まさにそのことを言っているのです。地震そのものを研究対象とする地震学では、本来の意味での地震予知、つまり短期予知はできない。ところが、65年に始まった地震予知計画では、地震学しかやってきませんでした。多くの地震計を設置して地震観測をさかんにやり、地震というものがだんだん分かってくれば地震予知ができるかもしれないという建前だったのですね。

しかし、地震の前兆現象はほとんどが地震そのものではないのですから、地震学はベストの方法ではなかったわけです。ほかのことをやらなくてはなりません。当事者はそのことを認識していたにもかかわらず、地震計測以外のことをほとんどしなかった。



上田誠也東大名誉教授に聞く 2/6

予知情報が出たことはない

http://i.jiji.jp/jc/v4?id=20130911_earthquake_prediction0002

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東海地震を想定して開かれた地震防災対策強化地域判定会委員の打ち合わせ会
=2009年8月31日、東京都千代田区の気象庁[代表撮影]【時事通信社】 

安達:東海沖地震については大規模地震対策特別措置法ができて、79年に地震防災対策強化地域判定会が置かれ、静岡県の御前崎などで異常を観測したら、判定会の判断を受けて首相が警戒宣言を発する仕組みができました。それから40年たちますが、この間に日本で予知された地震はありますか。

上田:短期予知された地震は一つもありません。あの法律ができたときの根本的な思想は、もし予知できるとなったときには、政府はいろいろなことをしなければならない。いまそういう法律はないじゃないか、ということでした。予知ができたとしたら、電車を止め、銀行を閉め、学校も休みにし、病院も対応しなければならない。本来はそういう発想だったはずなのですが、やっているうちに予知はできるものだということになってしまった。しかし、いまだ地震予知警報が出たことはありません。

ところで、仮に気象庁が御前崎の地殻変動に異常発生をとらえたとしても、政府は警戒宣言は出さないでしょう。何かシグナルが出ても、これは何だと言っているうちに終わってしまうでしょうし、警戒宣言を出したのに、もし何も起こらなかったらどうなるかと誰でも考えてしまうでしょう。実際問題として、あの法律は死文化していると思います。地震の調査・研究に関する業務を一元的に担うとされる、文部科学省の地震調査研究推進本部が「短期予知」には興味がないことを公にしているのですから。

安達:85~86年ごろ気象庁を担当し、9月1日には判定会招集の訓練も取材しました。首相は本当に警戒宣言を出せるのだろうかとは思いましたが、まさか21世紀になって「予知は困難」となるとは思いませんでした。

上田:少し説明すると、東海地震の予知は地震学ではなく測地学、つまり地盤の上下の動きなどを測る学問に頼っているまれなケースなのです。太平洋戦争終戦寸前に起きた44年のM7.9東南海地震の直前に御前崎周辺の地盤が上昇したということが当時の陸軍によって観測されたらしいのです。その一度だけの報告を頼りに、気象庁が敷いている大観測網は地震計ではなく、地殻変動を測る「ひずみ計」です。 M8ぐらいの地震ならば、44年のような前兆をとらえる可能性はないではないと思います。成功を祈っていますが、それでも警報は出せないでしょう。官庁は本来、警報には向いていないのです。

安達:上田先生は東大地震研時代、プレートテクトニクス研究の第一人者でした。そのころ、地震の短期予知については悲観的だったと聞いています。定年退官ごろ、もしかしたらできるのではないかと思うようになったということですが、きっかけは何だったのでしょうか。

上田:地震研には30年以上いましたが、何人かの人たちは地震予知計画の下で多額の予算をもらい、地震学をやっていました。しかしその当時、教授会ですらそのための予算がどうなっているのかよく分からなかった。分かるのは、地震計を並べて定員が増えて予算が増えてということでした。そういうことを見ていて、これではできないなと思っていました。そもそも前兆現象を対象としない地震学では予知はできるはずがないからです。また、われわれは地震予知(短期予知)をやっていますと公言する教授会メンバーもいませんでした。そうかといって、私にも当てになる前兆現象は思い当たりませんでした。関心もなかったのです。

定年間近になり、プレートテクトニクスの研究は、ちょうどそのころ完成したというか、大事なことは押さえたと思っていました。この辺が潮時かなとも思っていた時に、VAN法(Varotsos-Alexopoulos-Nomikos method)というギリシャの地震予知研究に遭遇しました。VANは3人の物理学者の名前のイニシャルですが、地電流に地震前兆の信号が出るという研究です。ちょうどそのころ、オランダで出しているテクトノフィジクスという雑誌の編集長になり、彼らの論文に関する相談を受けたのです。日本の研究者にも何人かに相談してみましたが、だめな論文だという人が多かった。私の専門ではなかったが、それではと自分でも読んでみたところ、悪くなさそうに思える。予知に成功しているんですね。うまくいっているのにだめとは言えないと思い、その論文を採択しました。84年のことです。これがいけるのなら日本でもやれないかと思いました。



上田誠也東大名誉教授に聞く 3/6

地震の寸前に地電流に異常

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安達:地電流ということですが、地中に電流が流れているということでしょうか。



上田:地面の中はある程度の電気伝導性がありますから、地磁気の変化などで誘導電流が起きたり、電車が走れば電流が流れたり、いろいろなことが起こっている。3人の研究者は地震の寸前に地電流に異常が起こると言っていました。物理学者だったせいか地球物理学者とは全然違い、場所を示すのにも緯度経度で言わずに「アテネの西方何キロのあたり」などと言うわけです。偏見を持たないで読めば悪くないのですが、地球物理学者はハナからこんな素人論文はだめだと思うのですね。

安達:測定ポイントをもうけて、ずっと測っているのでしょうか。地震の前には電気の流れ方が違うということですか。

上田:そうです。物理学者で電磁気学をよく分かる人たちなので、地震の前には地面の中に電流が流れるのではないかという理論的研究を始めていた。そのうち、アテネで地震の被害が出たものですから、何とかしたいという思いから実際に地電流を測ってみようとなったんだそうです。地震が起こった時に地磁気が変わったり、電気が変わったりするだろうという発想はしばしば地震学者以外の人から出ています。物理学者の田中舘愛橘(東京帝大教授、1856~1952)は英国の有名な物理学者ケルビン卿の下で勉強した。帰国後3カ月、1891年にM8.0濃尾地震が起きるや学生を連れて震源地に行き、地磁気変動の観測をしました。半世紀後のブループリントにも地磁気や地電流がちゃんと観測項目に書いてありました。

安達:古い時代から、物理学者は地震と地電流、地磁気の関係に注目していたのですか。
上田:そうらしいですね。これもケルビン卿の下に留学して令名をはせた明治時代の有名な電気の専門家、電気学会の創始者志田林三郎(1855~1892)などもそうですね。

安達:地震学以外では、ほかにもいくつかの研究があるようですね。阪神大震災の時は神戸薬科大学の研究者が地中から放出されるラドンガスの濃度の変化をとらえたと聞いています。自然現象が変化するということですか。

上田:そうです。大地震の前には地殻の状態が臨界的になって、いろいろなことが発生するのではないかと思われています。運送会社の運転手さんが地震直前に神戸の街に入っていったら、ラジオが聞こえなくなったという話もあります。六甲のミネラルウオーターを調べ、地震の際に成分変化があったという研究結果もあります。いろいろな動物の集団移動などの報告は世界各地から沢山あります。しかし、地震学者はそういう情報を聞いても「ああそうか」というふうにしか受け取りません。それは世界的な傾向らしく、ギリシャでもVAN法によってあれだけ予知がされても、地震学者の無関心ないし圧倒的反対を受けて評判はよくありません。




上田誠也東大名誉教授に聞く  4/6

ギリシャではVAN法による予知に成功

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1999年9月、ギリシャの首都アテネ一帯を襲った地震で崩落した建物
【AFP=時事】 


安達:ずいぶん予知を成功させているということですが。M5.5以上の地震ということでしょうか。

上田:そうですね。M6以上だと被害が出るので彼らは公表しています。

安達:地震の発生までどのくらいの時間があるのでしょうか。

上田:数年前までは、信号が出てから2週間から数カ月でした。それでは時間的精度が足りないという声もありましたが、ここ数年は、ある種の信号が出てから数日にまで短縮されています。どうして数日後なのかは今のところ分かっていませんが、そういう例が実際にいくつかある。

安達:これまでVAN法によって警告が発せられ、その通りに地震が起こった例はギリシャでは何例ぐらいあるのでしょうか。

上田:正確には言えませんが、数十例あります。年に1つぐらいはあります。
安達:そういう警告が発せられると、ある程度人口の集中した町では防災、避難活動などが行われるのでしょうか。

上田:行われた例と行われなかった例があります。VANグループが政府に報告しても、多くは無視される。しかし、メディアが気付きます。彼らはあまりメディアが好きではないが、非常に危ない時にはテレビに出て発言する。そうすると地方の行政が動く。それによって多くの人が助かったということは少なくとも3回ぐらいはあります。

安達:VAN法による地電流の観測はギリシャ国内の何カ所ぐらいでやっているのですか。

上田:全国で10カ所ぐらいあります。もっとあったのですが、10カ所ぐらいあればいいということになったようです。

安達:日本国内では地電流の観測は電車などの影響でノイズが入ってしまって、難しいようですね。地電流のほかに電波の伝わり方に変化が起こるようですが、それはなぜでしょうか。

上田:確かに日本ではノイズのために地電流の観測は実用的ではなさそうです。電波の伝わり方の変化の方が測定ははるかに容易です。なぜ変化が起こるのかについては、まだ一致した見解はありません。みんなが研究しているとしか言えませんが、電波の伝わり方に異常があるということは、電波が伝わる経路、主に地球を取り巻く電離層に変化があるということです。「地震が起きる前に電波が発生する」という有望な例もありますが、多くの例はFMなどの放送波や標準電波(JJY)が経路の変化によって違った振る舞いをするということです。

安達:ラジオではAMの電波は電離層と地表でそれぞれバウンドして比較的遠くまで届きますが、FMの電波は反射せずに電離層を突き抜けてしまうので、遠くまでは届きませんね。ただ、FMにしても気象状態などによって受信状態が違ってきます。それと同じようなことが地震の前にあるのでしょうか。

上田:まさに、そういうことです。その現象は、八ケ岳で天文観測をしている串田嘉男さんが95年の神戸地震の前兆として発見したもので、串田さんは現在も全国的に観測を続けています。これは面白いと、北海道大学の森谷武男さんたちも研究を始めました。観測は北海道だけですが、いい結果が出ています。また、フランスは人工衛星を使って上層大気中の電波放射強度などを測定し、統計的に有意な結果を報告しています。アメリカでも最近では盛んな研究が始まっています。



上田誠也東大名誉教授に聞く  5/6

「地震ムラ」はなぜできた

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気象庁の地震観測処理室(地震現業室)に設置されている地震計=2002年撮影、東京・大手町【時事通信社】 

安達:地震予知を名目にした地震観測研究の研究費は国全体としては莫大なものです。一方、地震学以外の物理学、化学などの分野での地震予知研究には予算が付かず、研究として認めてももらえない。先生は地震学と防災行政について「地震ムラ」と呼んでいますが、その地震ムラはあんなに大きな地震も予知できなかった。国民には強い不信感があると思います。地震ムラはどうしてできてきたのか。

上田:ブループリントによって国家予算が付きました。予算の使い方を地震学者に相談すれば、地震計をいっぱい並べて観測網を充実させましょうと言うわけです。地震学からすれば、当然のことだと思います。どっさりお金が付き、観測所もできるし人も雇う。そうなると、これで十分という状態にはならないんです。来年もその次の年も予算が付くとなると体制ができてしまい、別のことに切り替えますということができなくなる。永久的事業になってしまうんですね。それが地震ムラです。

安達:地震行政というのができて、その中で予算の配分がされてくると、予算確保を毎年して、それを拡大していこうということになるわけですね。

上田:そうです。地震は頻繁に起こりますから、地震計が増えれば観測する人ももっと必要になるわけです。人も増えるし予算も増えるしで、止めどもないわけです。国家予算は決まっているので、それを独占してしまっては、地震以外の観測が必要だという人に対しては、お金も人もいかない。産官学の共同体ができてしまった原子力ムラと同じです。それを崩すことは今でも困難ですね。

安達:ブループリントには地震観測だけではなく前兆現象の研究も書かれていたが、それが地震ムラでは行われなかった。地震学者はそれで地震が予知できると考えたんでしょうか。

上田:短期予知は出来ないことはよく認識されていたと思います。しかし、出来ないと明言しては元も子もなくなるので、地震予知ということばを非常にあいまいに使って、将来、地震予知に役立つだろうということでやってきたわけですね。役に立たないとは言えないですからね。

安達:メカニズムを解明すれば、何らかの形で地震の発生をつかめる可能性があるということですか。国民もみなそう思っていたと思います。先生は地震学ではなく前兆現象を研究対象とする「地震予知学」の講座を大学に設け、研究者を少しでも増やすべきだと提唱されています。地震の短期予知研究の現状と予算はどうなのでしょうか。

上田:ここで一つ最近の地震学について言えば、日本は地震予知計画で地震観測網をたくさん作った。さすがにこれだけ観測網が整うと地震学の方でも面白い研究が出つつあります。東日本大震災の前に震源がだんだん移動していったことが分かったとか。ある値が変わったとか、そういう種類のことが地震学者からも出てきました。やっと長年の地震学のあてどもないような努力が実を結びつつあるとも言えるような気がします。

安達:地震学の観測データを精査したことで、何らかのことがあったということですね。将来の短期予知に結びつくのでしょうか。

上田:そうなるといいですが、どうでしょうか。他の地震ではそういうことは見つかっていないんですから。しかし、地震学の成果が役に立つような気配は見えてきたとは言えるでしょうね。




上田誠也東大名誉教授に聞く  6/6

 予知研究の予算は1700万円程度

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安達:地震学以外の予知研究は研究者も少なく、研究費も非常に少ないということですが。

上田:現在、地震の短期予知をやろうと言っているのは、日本では20人ほどです。地震学者もいますが、大勢は電波工学者、電離圏研究者、物性物理学者とかいろいろで、生物学者まで入っています。ほとんど研究費というものはないです。みんなそれぞれ工夫してやっています。何がしかの予算がついているのは北海道大学、東海大学くらいのもの。地震ムラは年間数百億円も使っているが、大学における地震予知研究の名目では4億円しかありません。14の大学が参加しているにもかかわらずです。しかも、その大部分は地震学者が使い、地震学以外の予知研究に役に立てようというのは1700万円程度です。これでは研究はとても無理です。

その理由は単純です。地震の前兆現象というのは前兆ではあっても地震を起こす原因にはなりませんから、地震学者が興味を持たないのは当然なんです。つまり、地震予知は地震学の目的ではありえない。「地震学」と「地震予知学」は違う学問なのです。地震学の講義はいろんな大学にあるが、地震予知学というのはひとつもない。しかし、前兆現象についてこそ、基礎研究を十分にやらなくてはいけないのです。先ほど言及したたくさんの前兆現象のどれが、科学的に意味があるものなのか。そして、それらはどうして発生するのかなどの研究です。そういう「地震予知学」の講座がどこの大学にもないから、それをつくりましょうというのが私の念願です。武田信玄ではないですが、人は城です。人がいないんです。目の前で地震が起こるかもしれない静岡あたりの大学がそれを作ってくれたら本当に世のため、人のためになるでしょう。それほどお金はかからないんですよ。

安達:地震学は地殻にかかる力の作用によって、ひずみがたまって地震が起こるメカニズムを研究する物理学の一分野ですね。しかし、もっと範囲を広げると予知を可能にするいくつも方法がある。地震の周りで起こるいろいろなことをまず科学としてとらえ、可能性のあるものを一生懸命研究しましょうということですね。前兆であるかもしれない現象があるにもかかわらず、長い間、科学の対象にしてこなかった現実があるということですね。
 
上田:その通りです。私は予知は可能と考えています。既に射程に入っているとさえ言えます。前兆かもしれない現象を科学の対象としてこなかったのは、地震学が悪いのではないんです。それは守備範囲ではないんですから。ただ、地震学者がもうちょっと広い視野を持っていたらよかったとは思いますがね。

安達:先ほど名前が出たケルビン卿が空中を飛ぶ機械について1895年に無理だと言っていたようですね。ところが、1903年にライト兄弟が飛んでしまった。こういうことが科学の歴史にはあります。地震学者が現在、地震予知は困難と言っているが、数年後には何らかの前兆をとらえる可能性があるということでしょうか。
 
上田:そう思います。地震学ですら前兆をとらえる可能性があります。しかし、研究をするには圧倒的に予算がないんですね。みんな途中でやめていく。大学院生がやっていても就職は別のところにしてしまうんです。

安達:2007年の学士会会報に掲載された講演録の中で、先生は「地震被害で最も深刻なのは人命の損失。地震予知ができれば人命は劇的に助かる」と話しています。地震学は「予知は困難」としましたが、可能性がある分野が存在することをわれわれはもっと知らなければならないと思います。その点に関して、マスコミはきちんと役割を果たしてきたのだろうか。われわれも地震ムラの中にいたのではないか。東日本大震災では多くの人命が失われました。地震の犠牲者をできるだけ出さないために、科学はあらゆる可能性を探究する必要があると思います。
 
上田:地震を予知すれば人命は助かるんです。短期予知はしないという人もいますが、なぜ、そんな簡単なことが分からないのかと思います。ただ、先ほど申したように仮に予知できても政府は宣言を出さないだろうと思います。ですから、私はこれは民間セクターの仕事ではないかと思うようになりました。実際に地震予知に対する社会的需要はものすごく多い。病院、企業、学校、交通機関などにとっても非常に必要なわけです。政府は当てにできないのだから、お金を出してでも情報を買いたい。そういう喫緊の需要のために予知を行う会社が必要だと思う。そして、そういう会社には、目覚めた大学研究者が積極的に協力していく。それは最もいい形の産学協同ではないでしょうか?大いに進めていくべきだと思います。

安達:基礎的な研究は大学と民間でやる。地震予知学講座の予算は確保したいということですね。地震学以外の研究としては地電流、地磁気、ラドン、地下水の変化などいろいろお話にありましたが、現状ではこのどれが有力と考えていますか。
 
上田:われわれの一致した意見は、優先順位はあっても、全体として研究すべきだということです。ラドンだけでも井戸の水の変化だけでもだめだと思います。短期予知は、まさにまだ研究段階なのですから。

安達:地震学の分野でも新しい研究が出てきている。予知の可能性を追究してもらいたいということでしょうか。
 
上田:そういうことです。メディアについていえば、体制側や行政の言うことに事大主義的に従い過ぎに見えます。予知より防災などという二者択一論に乗っているのもどうかとおもわれます。予知も防災のためなのであって、排他的関係ではない。もう少し考えてほしい。そして「短期予知研究こそ進めるべし」という大論陣を張ってほしい。そうしないと人命が救われないですよ。



上田 誠也

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E7%94%B0%E8%AA%A0%E4%B9%9F

上田 誠也(うえだ せいや、1929年11月28日 - )は、日本地球科学者。専門は地球物理学東京大学名誉教授で、理学博士

東京府(現・東京都)出身。父・誠一青森山口両県の官選知事警視庁特別高等警察部長等を歴任した内務官僚で、兄・誠吉自由法曹団等で活動していた弁護士
1952年、東京大学理学部地球物理学科を卒業。1958年 東京大学理学博士 「古地磁気学の手段としての熱残留磁気、特に反転熱残留磁気について」。 東京大学助教授を経て、1965年、東京大学教授。定年退官後の1990年東海大学海洋学部教授に就任。
1987年、「弧状列島のテクトニクスに関する地球熱学的研究」で日本学士院賞受賞。1996年から日本学士院会員。
プレートテクトニクス研究の第一人者で、プレートテクトニクス及び動的地球観を世に広めたことで知られている。惑星科学者松井孝典地質学者鎮西清高ら他の地球科学者とともにNHKで放送された『地球大紀行』の制作に関わったことでも知られている(上田は諮問委員を務めた)。

最終更新 2014年5月1日



VAN法
http://ja.wikipedia.org/wiki/VAN%E6%B3%95

VAN法: VAN method)は、ギリシャアテネ大学物理学者ヴァロツォス (Panayotis Varotsos) 、アレクソプロス (Caesar Alexopoulos) 及びノミコス (Kostas Nomikos) によって提案された地球電磁気学的手法による地震予知の方法である。VANは3名の頭文字である。1985年から予想を初め、1993年3月18日にはピルゴス市のマグニチュード5.7の地震予知に成功した。





ギリシャ式地震予知に関するEOS誌上での最近の討論について

石渡 明(東北大学東北アジア研究センター)

http://www.geosociety.jp/faq/content0247.html

地電流観測に基づくギリシャ式地震予知法は,その創始者3名(P. Varotsos, K. Alexopoulos, K. Nomicos)の頭文字をとってVAN法と呼ばれている.VAN研究グループは,1984年にその地震予知法を世界に公表して以来,現在までギリシャ国内の観測網を維持し,観測と予知を続けてきた.この方法の概要と予知の成果を紹介した長尾 (2001) によると,予知が成功したかどうかの判断基準を (1) 震央の位置の誤差100 km 以下,(2) マグニチュードの誤差0.7以下,(3)前兆検知の数時間後~1ヶ月後に地震が発生,の3つの条件をすべて満たした場合とすると,1984年から1998年までの15年間にギリシャで発生したマグニチュード5.5以上の地震12個のうち,VAN法は8個の予知に成功し,1個は一応予知できたものの基準から大きく外れ,3個は予知できなかった.つまり地震数当たりの予知成功率は2/3であった.また,予知情報を出した回数当たりの予知成功率も2/3程度とのことである.

筆者は1995年に長尾年恭氏や河野芳輝氏とともにギリシャ国内各地のVAN観測地点を訪問し,それらの地形・地質状況を調査したことがある(石渡, 1996).我々が訪問した8ヶ所の観測点の中には,地震前兆電磁気信号(SES)に対して感度が良い地点と良くない地点があり,その違いが地形や地質と関係しているかどうかを調べるのが筆者の現地調査の目的であった.地質との対応関係ははっきりしなかったが,地形的には,特に感度がよい2つの地点はいずれも内陸の大きな湖の近くにあり,湖とその周囲の盆地下の帯水層の存在が電磁気信号を増幅する役割をしているのかもしれないと考えた.筆者は地震や地震予知の専門家ではないが,このような経験があるので,VAN法には少なからぬ興味を持っている.最近,米国地球物理連合(AGU)の連絡誌EOSでVAN法についての討論があったのでここに紹介する.

Papadopoulos et al. (2009) によると,2008年はギリシャでマグニチュード6以上の地震が6回発生し,近来になく地震活動が盛んな年だった.Uyeda and Kamogawa (2008) は,このうち2つの地震についてVAN法が予知に成功したこと,予知の時間精度が向上したと述べた.それによると,2月14日にペロポネソス半島南方のイオニア海で起きた地震については,Varotsosらが,1月14日に新しいSESを同半島西部のPirgosで観測したこと,地震の発生が予想される地域は同半島西方から南方にかけての約250km四方の地域であることを, 2月1日にデータベース上に発表した.2月10日のギリシャの新聞は,この地域で近くマグニチュード6程度の地震が発生するかもしれないという記事を第1面に載せた.そしてその4日後に予想された地域内で予想された規模の地震が発生した.このUyeda and Kamogowa (2008)の記事に対して,Papadopoulos (2010) は反論を発表し,まず,この「予知」は「ギリシャ地震災害危険度評価常設特別科学委員会」に報告されなかったので予知として認められないと述べた後,新聞記事には時間や規模についての記述がなかったこと,2月4日にペロポネソス半島北部の都市Patras付近で起きたマグニチュード5程度の2回の地震について,VANグループがこれらを予知したと新聞紙上で発表していたこと(つまり,1月14日のSESは,2月4日と14日のどちらの地震の前兆なのかわからないという疑問),2つ目の成功例が示されていないことを述べて,予知は成功しておらず,却って新聞報道による社会不安が起こったことを指摘し,最後は「警察がウワサを広めた張本人を捜索している」という脅し文句で結んでいる.これに対し,Uyeda and Kamogawa (2010) の返答は,2008年2月4日のPatras地震の前兆のSESは1月10日に記録されたていたこと,6月8日のPatras西方の地震についても,VANグループの研究者が5月29日に予知情報をデータベース上に出していたことを示して反論した.VANグループの予知情報は米国コーネル大学のデータベース上で発表されているという.

今回の討論から判断すると,既に25年以上の伝統があるギリシャのVAN地震予知法も,まだギリシャの学界や政府が広く認めるところとはなっていないようである.地震から2年後の今年になって,予知情報が事前に出されていたか,いなかったかについて,国際的な学会誌で討論が行われるということ自体,予知情報の配信システムがきちんとしていないことを示している.VANの予知情報は「必要があれば政府機関および地方の出先機関,軍隊,地方自治体の防災関係者に伝えられ,情報が一般大衆に公表されることはほとんどない」(長尾, 2001)はずなのに,今回はいきなり新聞の第1面で公表されてしまったことは,予知が「成功」だったとしても,VAN法のシステムの危うさを示している.VAN法に関するこのような混乱はこれが初めてではなく,初期に外国の研究者にも予知情報を流していたところ,当時のフランスの防災大臣(有名な火山学者,故人)が「ギリシャで地震が発生するかもしれない」と発言し,ギリシャ国内が大騒ぎになったことや,1995年の地震の予知情報を政府が受け取っていたか,いなかったかで大問題となり,防災担当大臣は当初「受け取っていない」と言っていたのに,後で「秘書が止めていた」と訂正し,これを野党は倒閣の材料に使ったこと,などがある(長尾, 2001).

日本では,地震予知に関して,まだ予知情報を出すところまで研究が進んでいないが,火山噴火予知に関しては,有珠山の2000年噴火の際に,噴火が切迫しているという情報を火山研究者が公表し,それに応じて自治体の判断で噴火開始前に住民が避難し,人的被害を出さずに済んだ例があるが,デマの流布や避難拒否など多少の問題は発生した(北海道新聞社編, 2002).また,同じ2000年の三宅島噴火による全島避難は,解除が2005年まで持ち越され,避難者の苦労と不安が長期間続いたことは記憶に新しい.一方,昨2009年4月6日にイタリア中部のラクィラ(L’Aquila)で発生したマグニチュード6.3の地震では, 6万人以上が被災し300人以上の死者が出たが,この地震の3ヶ月前から顕著な群発地震活動があったにも関わらず,地震学者も参加していた災害対策委員会や防災当局が有効な地震情報を出せなかったことに対して,過失致死罪または殺人罪を視野に入れた刑事事件として捜査が行われており,これに対して世界の関連学会が抗議するという事態になっている.この背景には,現地のある技師がラドン観測データから本震の1ヶ月前に大地震の発生を予知してインターネットで発表したが,「市民の不安を煽る」という理由で地震発生前に当局によって発表を削除され,警察に告発されたという事件がある.この技師は昨年12月にAGUの学術大会で研究発表を行ったが,帰国後イタリア政府は彼に予知情報の公表を禁じたという(以上L’Aquila地震関連の話はWikipedia英語版に基づく).群発地震は大地震につながることもあるが,そのまま終息してしまうこともあり,予知は難しい.

ギリシャでは,上述のように,既に四半世紀にわたるVAN法の実践の中で,地震予知の成功と失敗,予知情報のリークと混乱などの社会的な経験が蓄積されており,今後はギリシャの地震予知法を理学的に研究するだけでなく,社会科学的に研究することも重要になると思う.法人化された地質学会が社会との関わりを深めて行けば,当然このような問題に直面することになるので,他人事ではない.例えば,日本の緊急地震速報システムは,減災効果は少ないかもしれないが,科学に対する市民や行政の信頼を獲得する上で大きな心理的効果を挙げていると思う.地震予知に限らず,斜面災害,地層処分,地質汚染,地球温暖化など,本学会が関わる様々な問題について,専門の人はあきらめずに粘り強く研究を進め,専門外の人も関心を持ち,基礎知識を社会に普及し,研究成果を社会に還元する活動を,学会全体として地道に行っていくことが求められている.

【文献】
北海道新聞社編 (2002) 2000年有珠山噴火.北海道新聞社.
石渡 明 (1996) ギリシャ,VAN観測地域の地質.平成6~7年度科学研究費補助金国際学術研究(共同研究)研究成果報告書(河野芳輝:自然電位観測によるギリシャ式地震予知法の基礎と日本への適用.No. 06044085),35-62.
長尾年恭 (2001) 地震予知研究の新展開.近未来社.209 p.
Papadopoulos, G.A. 2010: Comment on "The prediction of two large earthquakes in Greece". EOS Trans. AGU, 91(18), 162.
Papadopoulos, G.A., Karastathis, V., Charalampakis, M., Fokaefs, A. 2009: A storm of strong earthquakes in Greece during 2008. EOS tans. AGU, 90(46), 425-426.
Uyeda, S., Kamogawa, M. 2008: The prediction on two large earthquakes in Greece. EOS. Trans. AGU, 89(39), 363.
Uyeda, S., Kamogawa, M. 2010: Reply to comment on “the prediction of two large earthquakes in Greece”. EOS trans. AGU, 91(18), 163.

(2010年8月17日)
 



Earthquake prediction: a science on shaky ground  




2012/03/30 に公開
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