一 般 財 団 法 人 油 脂 工 業 会 館
第4 5回 表 彰
油 脂 産 業 優 秀 論 文
最 優 秀 賞
再生可能エネルギー増進への油脂産業の役割
潮流を利用したマリンバイオリファイナリー構想
花王株式会社
小林こばやし 英男ひでお
目 次
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
第1章 再生可能エネルギーとしてのバイオ燃料の現状と課題
1-1 バイオ燃料とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
1-2 バイオ燃料生産の状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
1-3 従来型バイオ燃料の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
第2章 エネルギー資源としての海藻利用の実態
2-1 バイオマスとしての海藻の可能性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
2-2 海藻からのバイオ燃料生産の研究動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
2-3 海藻を原料としたバイオ燃料生産計画の実態・・・・・・・・・・・・・・・4
第3章 潮流を利用したマリンバイオリファイナリー構想
3-1 油脂産業界の強み『自動化技術』の活用・・・・・・・・・・・・・・・・・5
3-2 潮流を利用した海藻の自動養殖システム・・・・・・・・・・・・・・・・・6
3-3 潮流を推進力に変換するメカニズム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
3-4 波対策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
3-5 養殖する海藻とその利用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
3-6 マリンバイオリファイナリーの全体像・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
3-7 経済的効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
3-8 環境保全効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
第4章 技術の拡張性、汎用性について
4-1 油脂の国内自給率増進の可能性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
4-2 工業用原料獲得の可能性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
4-3 医薬品、化粧品、食品原料の生産・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12
はじめに
東日本大震災以降、原発に代わる安全でクリーンなエネルギーとして再生可能エネルギーへの期待が俄然高まっているが、その中で液体燃料確保の視点がやや欠けているように感じる。電気は、太陽光や風力などさまざまな方法で作り出せるが、ガソリンや軽油などの液体燃料を作れるのはバイオマスだけである。
バイオ燃料は、1970年代のオイルショック以降開発が進み、現在ではアメリカ、ブラジル、欧州で一般に流通している。しかし、食料との競合や森林伐採など大きな課題を有しており、今後、途上国の人口増加に伴う食料不足や新興国のエネルギー消費を考えると、新たなバイオマス原料へのシフトは緊要の課題と言える。
本稿のテーマである“潮流を利用したマリンバイオリファイナリー構想”は、このような背景に基づき、バイオマスとして食料とほとんど競合しない海藻の利用において、自然エネルギーである潮流を動力源とする海藻の連続養殖システムを考案し、ここに最先端のバイオ燃料変換技術を融合させることで、化石燃料や従来型バイオ燃料と十分に競合できる、新規バイオ燃料生産システムの提案である。本構想が目指すものは、国内の液体燃料の自給率を高め、最終的に海外依存から脱却できる可能性を示すことにある。また、その起点となるのが長きに渡り日本のモノづくりを支えてきた生産技術であり、“技術立国日本”の再建において、この生産技術を最大限活用することの意義を同時に提言するものである。
第1章 再生可能エネルギーとしてのバイオ燃料の現状と課題
1-1 バイオ燃料とは
バイオ燃料の原料となるのが「バイオマス」である。これは再生可能な生物由来の有機性資源のことであり、具体的には、農作物や木材資源、これに由来する様々な廃棄物などを指す。
バイオマスは有機物であるため燃焼すると二酸化炭素を排出する。しかし、バイオマスに含まれる炭素は、そのバイオマスの成長過程における光合成により大気中から吸収した二酸化炭素に由来するため、バイオマスを燃やしても全体として大気中の二酸化炭素量を増加させることはない。これが「カーボン・ニュートラル」という考え方で、バイオマスの利用に積極的に取り組む根拠ともなっている。
バイオ燃料の代表的なものが、バイオエタノールとバイオディーゼルである1)。
1-2 バイオ燃料生産の状況
1970年代のオイルショックを契機に、ブラジルがサトウキビを原料としてバイオエタノールの生産を開始した。その後、世界各国でもバイオ燃料生産が広がっている。例えば、米国では乗用車を始めとするガソリン需要に対応するため、主に「バイオエタノール」を、また、欧州はトラック等の輸送需要に対応するために主として「バイオディーゼル」をそれぞれ生産している。
バイオエタノールの主な原料は糖質とでんぷん質である。ブラジルではサトウキビ、米国ではトウモロコシ、欧州では小麦やテンサイから生産している。世界におけるバイオエタノール生産量の8割は米国とブラジル両国が占める(図1)。
バイオディーゼルの主な原料は菜種、大豆などの植物油であるが、米国や我が国では廃食用油も利用される。最大の生産国であるドイツを含む欧州において生産量が多く、全体の半分以上を占める。また、ブラジル、アルゼンチンの生産量も近年急激に増えている(図2)。
日本においては、バイオマス・ニッポン総合戦略推進会議(農林水産省)で、2010年までにバイオエタノールの生産量を5万㎘、2030年には600万㎘(国内ガソリン生産量の10%)にするという目標を掲げた2)。しかし、平成24年資源エネルギー庁発行の「バイオ燃料開発の取組について3)」によると、現状2.2万㎘と極めて小規模な生産にとどまっている。その最大の課題が、製造コストにあるとしている。
1-3 従来型バイオ燃料の課題
CSPI(Center for Science in the Public Interest)は2005 年に『残酷なオイル-パーム油が健康、熱帯雨林、野生動物にいかに危害を及ぼすか-』というタイトルのレポートを発行した。アジア諸国では、一部を除き、熱帯雨林を有する多くの国で耕地面積の増加と森林面積の減少がみられ、特にインドネシアやマレーシアでは、近年、世界的なパーム油の生産量の増加とともにパーム油の原料となるヤシの生産面積が増加しており、熱帯雨林減少の大きな原因となっている。今後インドネシアでは、26,300 平方マイル以上、マレーシアでは、ほぼ3,000平方マイルの森林が新規のパーム油農園に振り向けられるだろうと見ている。その結果、スマトラ島、ボルネオ島において、オランウータン、サイ、トラ、象などの哺乳動物の生存が脅かされるとしている4)。
また、バイオ燃料は、従来の農産物の仕向け先であった食料供給との競合を招いていると指摘されている。世界銀行のロバート・ゼーリック前総裁は、主要国首脳会議において、「食卓から食料を奪うようなバイオマス燃料を促進する補助金などは廃止すべきだ」とコメントし5) 、国連食糧農業機関(FAO)のダ・シルバ事務局長は、「世界が食料危機に陥る危険性がある
なか、農作物は燃料よりも食料として重要とし、米国は政策を変更すべき」との考えを示している6)。
このように、従来型バイオ燃料は世界規模の環境破壊や社会不安を招いており、副作用のないバイオ燃料生産技術の早期確立を世界中が熱望している状況にある。
第2章 エネルギー資源としての海藻利用の実態
2-1 バイオマスとしての海藻の可能性
我が国は周囲を海に囲まれた海洋国家であり、その排他的経済水域は447万㎢と世界6番目の広さを所有する。日本はエネルギー自給率が極めて低く、資源がないといわれているが、海洋植物をバイオマスとして有効利用できれば、国内のエネルギー自給はもちろんのこと輸出も夢ではなくなる。
その海洋植物の中で大型の海藻である褐藻類は、成長速度が熱帯雨林並みに早く、光合成によりエネルギー源となる多くの炭素を体内に取り込んでいるのに加え、食料との競合も極めて低い。また、海藻は海中を漂う性質上自ら自立する機能を持たないことから、木質系バイオマスのようにリグニンを含有していない。リグニンの分解除去はバイオ燃料製造において大きな課題の一つであり、これを含まない点は大きなメリットと考えられる。
このように多くの点で、海藻は次世代バイオマスとして最適な資源と言える。
2-2 海藻からのバイオ燃料生産の研究動向
海藻バイオマスの研究の起源はアメリカである。アメリカは1970年代にジャイアントケルプからメタンガスを生産する構想を立て、カリフォルニア沖で実証実験を行った。しかし、施設が嵐で壊れた1980年初め以降は研究報告がない7)。
日本では、1981年に通商産業省(当時)主導の研究プロジェクトとして、海洋バイオマスによる燃料油生産に関する調査以来、海藻の利用法について産学官が連携して研究が進められている。
最近の動向としては、京都大学の村田幸作教授の研究グループは、褐藻類の主成分であるアルギン酸(乾燥藻体の30~60%を占める。構成単糖:ウロン酸)からのエタノール生産技術を世界で初めて確立した8)。
また、東北大学の佐藤實教授の研究グループと東北電力株式会社は共同で、海藻から効率よくエタノールを生産する技術を開発した。報告によれば、大型海藻である褐藻類を利用してバ
イオエタノールを生産することができ、その工程にはエネルギー消費が大きい乾燥工程と粉砕微粉化工程を含まずに生産することができるとしている9)。
酒類総合研究所の正木氏らは、酵素の高生産技術や糖を油脂に変換する酵母の研究を行っており、本研究において、遺伝子組換え技術を利用し、糖を油脂に変換し菌体内に多量に蓄積する酵母を用いることで、酵母乾燥重量あたり50 %以上の油脂含量と、消費した糖類の油脂への変換率(油脂生成率)15 %以上を達成した。また、1日あたり5 g/ℓの速度で油脂を生産可能であり、この数値は、油糧植物や藻類と比較しても圧倒的な油脂の生産速度であるとしている10)。なお、本研究は、木質、草本系のセルロールを糖化したグルコースを対象にしているが、海藻由来のグルコースにおいても十分に適応が期待できる。
2-3 海藻を原料としたバイオ燃料生産計画の実態
先にも記したように、海藻バイオマスの起源は1970年代のオイルショック以後のアメリカである。地球表面の70%の面積を有し、漁業以外ほとんど利用されていない未開の地である海に目を向け、そこに大量に生息している海藻から燃料を得る発想はごく自然の流れと言え、近年、国内でも大規模なプロジェクトが立案されている。
『オーシャンサンライズ計画』;(財)東京水産振興会が2007年の研究委員会において発表した計画で、ホンダワラ科のアカモクやコンブを、海中に浮かせた巨大な網で養殖し、その養殖場と加工工場を洋上に建造する。試算では日本の領海と排他的経済水域をあわせた海域約447万km2のうち1~2%を用い年間1.5億tの海藻を養殖し、この海藻から400万~500万㎘のバイオエタノールを生産する。この量は、日本国内のガソリン使用量の約1割にあたる。計画では2013年頃から実証事業を始めるとしている11)。
『新生アポロ&ポセイドン構想』;(株)三菱総合研究所、東京海洋大学を中心に三菱重工業(株)など民間企業数社が参画している。計画では、日本海中央にある海底山脈の大和堆に1万km2の養殖場を設け、繁殖力の強いホンダワラを年間6,500万t養殖し、バイオリアクターなどの装置を搭載した船内でエタノールを生産した後タンカーで運ぶというものである。生産量は、日本の総ガソリン生産量の3分の1に相当する2,000万㎘を見込んでいる。また、海水に溶解したウランやレアメタルの抽出や、海藻によるCO2の大量吸収(3,800万t/年)、大陸から日本海に流れ込む過剰な栄養塩の除去など、環境保全での効果も期待される。実現時期としては、2025年を設定している12)。
これらは農林水産省の『バイオマス・ニッポン総合戦略』を見据えた計画であり、実現できれば国内のエネルギー事情は大きく変化する。しかし、両計画共に現時点で実施に至っていないのは、実現性の点で課題があるからである。『新生アポロ&ポセイドン構想』の主宰である
(株)三菱総合研究所の香取氏によれば、海藻化学工業システムの成立要件として、①海藻の大量安定供給、②大規模な製造エネルギー源の確保、③海藻の水分塩分除去、④含有光エネルギーの最大導出、の4点を挙げている12)。ここで、③の海藻の水分塩分除去については、2-2で示した、東北大学の佐藤教授の研究を導入すれば課題解決に向けて大きく前進する。また、④の含有光エネルギーの最大導出についても、酒類総合研究所の正木氏らの研究を応用することで、海藻の炭化水素成分を効率よくエネルギーに変換することが可能と言えよう。では、残る二つの課題であるが、油脂産業界が長年培ってきた生産技術と自然エネルギーの有効活用により、活路が見出せると考えている。
第3章 潮流を利用したマリンバイオリファイナリー構想
3-1 油脂産業界の強み『自動化技術』の活用
日本の人件費は、かつて世界一高いと言われ、現在でもアジア各国と比較すると圧倒的に高価である13)。東アジアとりわけ中国は、1980年代安価な人件費を求め電機・電子機器メーカーを中心に進出して以降、驚異的な拡大を遂げ、今や『世界の工場』と呼ばれている。しかし、石油や化学分野の輸出はそれぞれ5%、8%と決して大きくない14)。機械電機業界のように部品点数が多く製品切替が早い業種は、安価な人的資源を活用することで設備投資やサイクルタイムの点で大きなメリットを望めるが、石油や化学製品のように高温高圧の反応プロセスを伴い、人が直接介在できない分野ではその効果が発揮できない実情がある。油脂産業製品の多くも後者に該当し、大規模プラントでの造粒や乳化工程が必要な洗剤や石鹸なども、国内販売分のほとんどが輸入に頼らず日本国内で生産されているのはこのような背景が要因と言える。
では、なぜ油脂産業製品はコストの高い国内生産において世界最高品質と高い収益性を確保できるのか。その一つの答えは、限られた労働力で最大の効果を生み出すために先人から長きに渡り積み上げてきた生産技術があるからである。なかでも大量生産に特化した化学プロセスの自動化技術は、機械や制御技術とのシナジーにより世界最高クラスの技術レベルに到達している。原料投入から最終の充填包装工程に渡って人が介在する操作を徹底的に廃し、バッチ式を連続式に変えることで、大幅な効率化と高品質を同時に実現した。
国内最大規模の衣料用洗剤工場を見ても徹底的に自動化がなされ、工場内には操作要員のオペレータがほんの数人いるだけだ。設備は24時間絶え間なく正確に動き続け、もちろん品質に振れはない。今後、高齢化が進み労働力低下が確実視されている日本において、各事業分野における自動化技術の適応は必須であり、この強みを最大限活かすことが、我が国のエネルギー生産の要になると言っても過言ではない。
3-2 潮流を利用した海藻の自動養殖システム注1)
2-3で示した計画は、大規模な海藻の養殖場を海洋に建設するというものであるが、海藻の収穫は専用の刈取り船で行い、刈り取った海藻の運搬用タンカーや作業船なども必要になる(図3)。『新生アポロ&ポセイドン構想』では、1日あたり30km2の養殖場で20万tもの海藻を収穫しなければならず、現在の養殖ワカメの収穫量が1日2名で2t15)であることを考えると、その収穫にかかる人件費やエネルギーが膨大になることは想像に難くない。
そこで筆者の構想は、図4で示すように養殖用の筏をロープで繋ぎ、自然エネルギーである潮流を動力源に海藻の成長速度に合わせて筏を回遊させ、収穫時期に沿岸に隣接する加工工場に順次筏が供給されるよう制御した海藻の自動養殖システムである。本システムであれば、収穫用の船や作業員を必要とせず、潮流という自然エネルギーを利用することで養殖に係るランニングコストを実質“ゼロ”にできる。
これより、海の利点を最大限活かした本システムの具体的な機構と経済的効果について記す。
3-3 潮流を推進力に変換するメカニズム注1)
潮流は、地球と月と太陽の天体運動に基づく遠心力と万有引力とのバランスにより生ずる潮汐現象で、1日2回の往復流を繰り返す16)。この潮流力を筏の推進力に変換するのが回転ブイ(図5)である。回転ブイは潮流を回転力に換えるための回転翼を備えており、ロープで連結した養殖筏を滑車状に巻き付けた状態で係留する。また、回転ブイには潮流の向きが変化しても回転方向を維持できる機構が搭載されている。図5は、手前から奥への潮流の向きで、回転ブイが反時計回りに回転する様子を示しているが、潮流が逆の流れになったときは、図6で示すような機械動作によりブイの回転方向が維持される。
潮流の向きが変わる時刻は、気象学から正確に予測することができ、あらかじめデータをインプットしておくことで自動制御が可能である。なお、機器類の駆動動力や制御用電源はブイの回転による自家発電でまかなう。また、ここで発電した電気は外洋における栄養不足を補うために、中層域の栄養塩を表層域に汲み上げるためのポンプ用電源としても利用する(図7)。
養殖筏全体の推進力(=移動量)は、図4で示すように回転ブイの回転力の2倍となる。この時回転ブイの回転効率を50%(推進力×0.5)とした場合、潮流の流速と同じ速度で筏は移動する。潮流の平均流速が0.3m/sとすると、筏の移動距離は1日26km、1年で約9,500kmにもなる。
3-4 波対策
海での養殖において波や風の影響は無視できない。特に台風時には波高が10mに達することもあり、安定に海藻を養殖するためには何らかの対策が必要になる。
気象学では、理論上波高は波長の1/7までであり、波長の1/2の水深ではほとんど波の影響を受けないとされている17)。この理屈に倣えば、波高10mに対して35mの水深を確保すれば波の影響を受けないことになる。一方、海藻の光合成を高めるためには養殖筏を海面近くに配置することが好ましく、本構想では最深部で20m程度と想定している。従って、台風などで海が荒れたときの対策として、筏の浮力を調節し波の影響を受けない水深まで筏を沈める必要がある。なお、回転ブイは設備のレイアウト上水深50mは確保しなければならないため波の影響は考えなくてよい。
筏の浮力調節機構としては、潜水艦で採用されているバラストタンク方式を参考に、筏の骨格を形成している中空パイプ内部への注水/排水により浮力を調節する。注水排水用ポンプには前述で記した回転ブイのポンプを使用し、各連結ロープ(ホース)からパイプに通水可能な経路を持たせ、更に必要箇所に自動バルブを設けることで目的は達成できる。制御用電源は自家発電でまかなえるので、気象状況に合わせて衛星通信を利用して工場からコントロールすればよい。
3-5 養殖する海藻とその利用
養殖する海藻は特に拘らないが、本論文においては大型の褐藻類であるホンダワラを対象とする。ホンダワラは大量の種苗を安価に生産でき、簡易な施設で短期間に養殖できる技術が確立されている18)。
ホンダワラは気胞と呼ばれる浮き袋を持っており、気胞の浮力によって幹を支え、成長すると主茎から切れ、流れ藻となる。この特徴を利用することで、生産性の向上と設備の省力化が図れる。まず海藻に浮力があることで養殖筏の浮力を大幅に軽減できる。養殖筏は本システムで最も設備投資を必要とするので、浮力低減は大きな投資抑制効果がある。次に、成長した流れ藻は筏の周囲をネットで覆うことで容易に確保できる。確保したホンダワラは、加工工場で刈取工程を経ることなく次の細断工程へ送ることができる。試算では海藻筏の処理は1日約160台、面積で3km2にもなることから、刈取工程の省略化は人員削減、投資抑制の点で大きなメリットがある。
また、ホンダワラは多年生の海藻であり、残った茎から主茎が再生する。寿命は5年以上の品種もあり、一度種苗を行えば連続的に生産ができることから、海藻の成長サイクルに合わせ
た養殖システムを構築することで、効率的に大量のバイオマスが獲得できる。
3-6 マリンバイオリファイナリーの全体像
本構想におけるバイオ燃料生産量は、国内ガソリン生産量の10%に当たる600万㎘/年に設定した。この量は、バイオマス・ニッポン総合戦略推進会議において2030年の目標生産量に当たる2)。
設備規模や単位当たりの生産能力を想定するうえで参考にしたのが、前述で示した『新生アポロ&ポセイドン構想』である。また、糖化発酵技術については、生の海藻からエタノールを生産できることから、東北大学佐藤實教授の研究成果を参考にした。
600万㎘/年のバイオ燃料を生産するために必要な海藻の量は、エタノール変換率20%から3,000万tとなる。この海藻を養殖するためのスケールイメージを図8に示す。加工工場を含めた養殖エリア全体の面積は約800㎞2で、ここに約5万台の養殖筏を33基の回転ブイで繋ぎ、潮流を利用して自然エネルギーのみで循環させる。
図9は、バイオリファイナリーの全体像を示す。流れ藻となった海藻は、細断工程、糖化工程、エタノール発酵工程、抽出工程を経て、バイオ燃料となる。生産された燃料は屋外タンクにいったん貯槽され、タンクローリーやタンカーで輸送する。
エタノール発酵後の残渣は、再処理することでウロン酸が抽出でき、このウロン酸から酢酸や乳酸などの有機酸を製造できる。また、再処理後の残渣は炭化水素を含んだ可燃性であり、この残渣を燃焼させることでコジェネレーションシステムを構築する事ができる。プロセスは多少異なるが『新生アポロ&ポセイドン構想』の香取主宰が出願した特許19)によれば、残渣を利用した火力発電は内部電力を十分まかない売電できるほどの発電量があるとしており、本システムにおいてもコジェネレーションのみで内部エネルギーを全てまかなえるものと考えている。
3-7 経済的効果
再生可能エネルギー増進という観点から、バイオエタノール生産における経済的効果について検討した。なお、コスト試算の前提として、年間エタノール生産量600万㎘、生の海藻からエタノールに変換するまでの歩留率20%を基準とする。
バイオエタノール600万㎘/年を生産するために必要な海藻養殖システムと加工発酵プラント全体の設備投資額を約1兆円(図8)と試算した。償却年数を定率10年とすると年間1,000億円を償却費として支出する。
労務費は、給与と福利厚生費などを含め1人1,000万円/年とし、従業員数は加工発酵業務に1,500人を雇い入れる。1年間の労務費は150億円となる。
養殖に必要な海藻の種苗代は、農林水産省の漁業経営調査から養殖わかめの種苗代(図10)を参考に13円/ℓと算出した。なお、ホンダワラは多年生の海藻であり、種苗代は毎年発生しないが、寿命が不明なため本試算では考えないものとした。
糖化酵素およびエタノール発酵に用いる酵母菌のコストは、経済産業省発表の「バイオ燃料開発の取組について」3)に記載されている、セルロース系バイオマスの糖化エタノール発酵コスト44~60円/ℓのうち中間の52円/ℓとした。
図11は、上記の条件で試算したバイオエタノール1ℓの製造原価(第1軸)と海藻の養殖量(第2軸)をエタノール変換歩留別に示したグラフである。また、右のグラフは、経済産業省がセルロース系研究開発事業として報告した2012年時点の国産バイオエタノールの製造原価であり、比較として挙げた。
本試算では、技術的に実現可能なエタノール変換歩留20%において、85円/ℓでの製造が可能であり、国産バイオエタノールの最安価格より13円も安価な試算結果を導いた。また、エタノール変換歩留を向上させることで、設備投資と原材料の投下抑制が図れ、大幅なコストダウンが可能になることを見出した。歩留を30%まで上げることで54円/ℓとなり、アメリカのバイオエタノール価格58円/ℓを下回る。さらに40%まで上げれば、政府が輸出可能とする40円/ℓが達成できる。これらのことから、今後のバイオ燃料の増進技術として、エタノール変換歩留向上が最重要課題であり、反応にCO2を大量散逸する微生物反応に拘らず、他分野の技術を広く取り入れた新変換技術の開発が望まれる。
3-8 環境保全効果
海藻の成長にはCO2が必要不可欠である。京都海洋センターの報告では、1m2で最大5kg以上のCO2を固定化するとしており、本構想の養殖量で年間485万tのCO2が固定化できる計算になる。また、ホンダワラの藻場1haで、窒素は188人分、リンでは63人分を吸収固定できると報告している20)。このように、海藻には環境保全の点でも優れた一面がある。
第4章 技術の拡張性、汎用性について
4-1 油脂の国内自給率増進の可能性
日本における油脂の総需要は2007年で305万t、うち食用は251万t、非食用は53万t
となっており、食用の割合が全体の8割以上を占めることからその確保は重要な問題である。また、日本は油脂の殆どを輸入(約89%)に頼っているのが現状であり、世界の油脂市場が抱える環境、国策、相場によって大きく左右され、安定供給が保障されている訳ではない。従って、日本における油脂の安定確保を実現するためには、国内における油脂の自給率を高める事が最も重要となる21)。
この様な背景から、本構想を油脂の国内生産に活用することは大きな意義がある。技術的にはグルコースを発酵させる酵母を油脂に変換できる菌に換えることで達成でき、先述の正木氏の酵母が適応できれば、図12に示すように国内需要の25%に当たる78万tの油脂が生産可能だ。なお、この生産量は乾燥した海藻を用いたときの数量であり、生の海藻から直接変換できる技術を開発すれば、バイオエタノール同様数百万tの油脂が生産可能になる。この規模の油脂が獲得できるとバイオディーゼルの分野でも世界市場において十分に競合できるようになる。バイオディーゼルは、軽油の代替だけでなく航空機の燃料としても使用できることから、その用途はエタノール以上と言える。しかし、グルコースからの油脂変換技術は研究成果も少なく、開発途上の段階にある。今後、油脂産業界が率先して技術開発を進め一日も早い実用化を実現しなければならない。
4-2 工業用原料獲得の可能性
塗料や樹脂の原材料であるオレフィンの元となるイソプロパノールやブタノールも酵母を換えることでつくり出すことができる12)。エネルギー問題と並んで工業用製品のバイオマス化は環境視点で重要な取り組みであり市場も大きい。ポリオレフィン(PE,PP)の国内生産量は2011年で約670万t22)、樹脂の平均価格を230円/kg23)とすると、市場規模は1兆5,400億円にもなる。これらのほとんどが石油を原料にしていることは言うまでもないが、このうちの何割かを国産の安価なバイオマス原料に置き換えることができれば、原料の安定供給、価格の安定化、CO2削減と、日本産業界全体に与えるインパクトは非常に大きい。
4-3 医薬品、化粧品、食品原料の生産
褐藻類の主成分であるアルギン酸は細胞壁を構成する多糖類で、構造的にはD-マンヌロン酸とL-グルロン酸からなるブロックポリマーである24)。この多糖の利用範囲は驚くほど広く、医薬品、化粧品などの粘性剤、ゲル化剤、安定剤、保湿剤ほか、吸汗パウダーの基材、歯科の印象材、フィルムの成形材など、食品については、飲料の安定剤、懸濁剤、アイスクリームの賦形剤、人口イクラの皮膜、更に、腸内でほとんど分解されないことから良質の整腸剤の原料
としても利用されている。また、ヌメリ成分に含まれる硫酸多糖であるフコイダンは、アレルギーや癌の治療薬であるインターフェロンの産出を高める効果があり、他には抗血液凝固剤としても使われている25)。
この様に、褐藻類は非常に利用価値の高い作物であり、安価に大量生産できるようになれば多くの業界でメリットが生まれる。なお、本提案の規模で年間450万㎘の多糖を生産することができる計算だ(図12)。
おわりに
稼働の有無に関わらず日本の原発54基を維持するために毎年1.3兆円のコストがかかるという報道があった。本構想も1兆円規模の大事業であるが、原発のような副作用はなく、日本のエネルギー環境を大きく好転できる可能性があるのであれば、未来への投資としてチャレンジする意義があるのではないか。ではその実現性はどうだろうか。
本構想は、油脂産業をはじめとする日本の産業界が長年培ってきた技術の集合体であり、実現性は極めて高いと考えている。積み上げの技術は大きなイノベーションを生まないと言われるが、反面一つひとつの技術完成度は高く、確実なモノづくりを実践するうえでこれほど心強いものはない。この信頼性の高い技術に、日々開発が進む革新的な新規技術を融合させることで、別次元のアウトプットを導き出すことが、我々油脂産業界に託された役割と言える。本構想は、未利用の海に目を向け、自然エネルギーである潮流を動力源とした海藻の自動養殖システムと、先進的なバイオテクノロジーを融合させることで、1リットル85円と云う既存技術を凌駕するコストを導き出すことができた。また、将来的には、酵母菌の変換効率向上による更なるコストダウンや、油脂やオレフィンなどへの適応の可能性も示した。
既に石油資源のピークアウトは現実化し、新興国の経済発展や途上国の人口増加を背景に資源の獲得競争は避けられない。このような状況において、食料との競合や環境破壊を起こさない真に有用な次世代バイオ燃料増進技術を世界に先駆けて開発することは、技術立国である日本の技術レベルの高さを、再度世界に向けてアピールするうえでも重要な意味を持っている。その中で、本構想が新たな技術開発を模索している研究者のヒントとなり、油脂産業を含めた日本産業界全体の発展を促進する推進力になれば幸いである。
参 考 文 献
(1)参議院HPより引用,山下慶洋(農林水産省),「第二世代バイオ燃料の可能性 ~食
料問題とエネルギー問題の解決に向けて~」,
http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2009pdf/20090801075.pdf (2013/6/1参照)
(2)農林水産省HPより引用,「バイオマス・ニッポン総合戦略」 平成18年3月31日閣議決定
http://www.maff.go.jp/j/biomass/pdf/h18_senryaku.pdf (2013/6/24参照)
(3)新エネルギー・産業技術総合開発機構HPより引用,資源エネルギー庁,「バイオ燃料開発の取組について」(平成25年度概算要求事業等)
http://www.nedo.go.jp/content/100513589.pdf/ (2013/6/3参照)
(4)高多理吉(福岡工業大学),「マレーシア・パーム油産業の発展と現代的課題」
http://www.iti.or.jpkikan74/74takata.pdf / (2013/6/3参照)
(5)日経ビジネスon lineより引用,
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20080707/164695/ (2013/6/6参照)
(6)ロイターより引用,
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJE87901I20120810 (2013/6/6参照)
(7)社団法人日本土木工業協会,
http://www.nikkenren.com/archives/doboku/ce/ce1007/tokusyu_05.html (2013/6/3参照)
(8)京都大学HPより引用,
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news6/2011/110428_1.htm (2013/6/6参照)
(9)東北大学HPより引用,「海藻からの高効率エタノール生産技術の開発」,
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohoku_univ_press_20100714_1.pdf (2013/6/6参照)
(10)正木和夫(酒類総合研究所),「セルロース系バイオマスから軽油代替燃料油の生産」,『Cellulose communications』,167頁~172頁,2010年
(11)ガベージニュースより引用,
http://www.gamenews.ne.jp/archives/2007/05/4002013.html
(2013/6/24参照)
(12)地球温暖化対策 研究最前線・海洋バイオマス/三菱総合研究所 アポロ&ポセイドン構想「海藻からバイオ燃料大量生産」,『環境施設』,vol.109,68頁~75頁,2007年
(13)東京三菱UFJ銀行HPより,北村広明(三菱UFJ銀行),「アジア諸国の賃金比較」,
http://www.bk.mufg.jp/report/aseantopics/ARS20130510.pdf (2013/7/2参照)
(14)電気連合HPより引用,「東アジア電機産業の人件費コストと競争力」,
http://www.jeiu.or.jp/common/pdf/vol.9%20labor%20cost.pdf (2013/7/2参照)
(15)農林水産省HPより引用,水産庁栽培養殖課,非公68-4,
http://www.maff.go.jp/j/council/hyoka/h15_2/pdf/14_shudanh_68.pdf (2013/7/5参照)
(16)村上和男,「潮流の観測と解析」,
http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00027/1983/19-B08.pdf (2013/5/24参照)
(17)実践気象学講座より引用,
http://breeze-surfers.jp/WIND2/naminokouza/naminokouza.HTML (2013/7/15参照)
(18)京都府HP_季報_第83号ホンダワラの種苗生産と海面養殖より引用,
http://www.pref.kyoto.jp/kaiyo2/kiho83-top.html#mokuzi (2013/6/6参照)
(19)特開2008-271910
(20)京都府HPより参照,「ホンダワラ藻場の環境浄化機能」,
http://www.pref.kyoto.jp/kaiyo/documents/kiho86.pdf (2013/6/6参照)
(21)(財)油脂工業会館,「油脂原料をどうする」,
http://www.yushikaikan.or.jp/pdf/kenkyukai20.pdf (2013/9/1参照)
(22)石油化学工業協会 主要製品のメーカー別生産能力ポリオレフィン(2011)より
http://www.jpca.or.jp/62ability/2p_olefin.htm (2013/9/1参照)
(23)ダイケン化成株式会社 2013年8月1日(木) <日経ニュース> 「主要相場 マンスリー」より,
http://www.daikenkasei.com/news/aydiary.php (2013/9/1参照)
(24)伏谷伸宏監修,『マリンバイオテクノロジー -海洋生物成分の有効利用-』,185頁,CMC出版,2005年初版発行
(25)井上勲,『藻類30億年の自然史』70頁,東海大学出版会,2006年発行
(注1)特許出願中
1
図-1 世界のバイオエタノール生産量の推移
(出典:ブラジルにおけるバイオ燃料政策 農林水産政策研究所 小泉達治
農林水産政策研究所研究成果報告会(2011年8月30日))
図-2 世界のバイオディーゼル生産量の推移
(出典:ブラジルにおけるバイオ燃料政策 農林水産政策研究所 小泉達治
農林水産政策研究所研究成果報告会(2011年8月30日))
2
図-3 海藻養殖方法
(出典:特開2008-271910 発明者 新生アポロ&ポセイドン構想 香取義重)
図-4 潮流を利用した海藻の自動養殖システム注1)
3
図-5 回転ブイ 潮流を回転力に変換する技術注1)
図-6 回転ブイ 潮流の向きが変わっても回転方向を維持するメカニズム注1)
4
図-7 外洋における栄養源供給方法注1)
図-8 海藻養殖エリア スケールイメージ(エタノール変換歩留20%)
5
図-9 バイオリファイナリー全体像
図-10 養殖わかめ支出内容から種苗代試算
(出典:農林水産省 漁業経営調査 平成23年度海面養殖業より)
6
図-11 バイオエタノール1リットルあたりの製造原価比較
(出典:右グラフ 資源エネルギー庁,「バイオ燃料開発の取組について」(平成25年度概算要求事業等))
図-12 海藻バイオリファイナリー応用と展開
平成26年 2 月21日
〒103-0027 東京都中央区日本橋3-13-11
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