2014年4月28日月曜日

マリンバイオマス技術

マリンバイオマス技術

2010年7月号

http://www.nikkenren.com/archives/doboku/ce/ce1007/tokusyu_05.html

海洋基本計画推進専門委員会

 はじめに

海洋基本計画では、水産業振興の一環として、海洋バイオマス(以下マリンバイオマスと呼ぶ)を効率的に利活用し、機能性食品や燃料を抽出する技術の開発と普及を求めている。

マリンバイオマス由来のエネルギー(メタンガス、エタノールなど)や有用物質(アルギン酸ほか)の生産に関する研究は、1970年代に始まり現在に至るが、未だ、本格的な実施プロジェクトには至っていない。

当専門委員会では、既往の研究事例を調査し、新たな海洋基本計画の光の下で、この構想がどれだけ実現可能性を有するか、何がネックとなって実現を阻んでいるのか、建設業としての技術開発の余地はどこにあるのかなどを検討することにした。
マリンバイオマスとは

バイオマス(Biomass)とは生態学における言葉で、ある空間に存在する生物の量を、物質の量として表現したものである。したがって、これにマリンが付いた、マリンバイオマスとはプランクトンから魚まで、広い意味での海洋生物資源を指すことになるが、本検討では、既往の研究で対象とされてきた「海藻」に限定して用いる。海藻からエネルギーや有用物質を抽出するシステムを、以下「マリンバイオマスシステム」と呼ぶことにする。
マリンバイオマスシステムの概要

JOIA(旧(社)日本海洋開発産業協会)は、1970年代後半から80年代前半にかけて、(財)発酵工業協会、(財)エンジニアリング振興協会らと共同で、マリンバイオマスシステムに関する詳細な検討を加えた。70年代のオイルショック後、日本全体でエネルギー獲得の機運が高まっていた頃である。その結果、八戸沖の海域に、コンブを年間100万t生産する栽培施設をつくって、ここからメタンガスを2,700万立方m生産する構想を発表した。熱量にして2.3×1011kcal、原油換算で2万3,400t、これは、当時の東北地方における家庭用エネルギーの2万1,000戸分に相当する。

以下、JOIAの構想を中心として、マリンバイオマスシステムの概要を説明する。

 
図―1に、システム全体のフローを示す。まず陸上の水槽でコンブの苗を大量培養し、これを沖合の「栽培システム」に運んでコンブを栽培する。成長したコンブを収穫して「処理・加工システム」でメタンガスなどの燃料に変換するのが、概略の工程である。

図―1 マリンバイオマスシステムの全体フロー



図―2は海藻栽培システムのイメージを示す。沖合の水深60mの海域に約1km四方に縦横無尽に綱を張り、この支持綱に種苗が付いた養殖綱を結び付けて移植を完了する。海域全体にはこのユニットが28あって、ほぼ毎月種苗移植と収穫(栽培期間は六カ月)を繰り返し、年間100万tを生産する計画である。図―3は養殖綱にコンブが成長した様子を表す。実際は、年間数千キロメートルに及ぶ養殖綱の付け外し作業をこなさなければならず、作業の効率化が大きな課題である。

図―2 栽培施設の概念図(JOIA 1984より)



図―1の加工システムに戻ると、ここでは収穫・運搬されたコンブを貯蔵し、脱水、乾燥、切断の前処理をしてから、アルギン酸、ポリフェノールなどのような高く売れる有用物質を回収した後、その残渣を燃料化処理の工程に回す。燃料化処理は、JOIA構想ではメタン発酵だが、最近は「トウモロコシからバイオエタノール」にならって海藻からエタノールを発酵する検討も行われている。
図―3 養殖綱に成長したコンブ


メタン発酵システムでは、有用物質回収後の残渣をメタン発酵槽でメタンガスに変え、ガス貯留槽(タンク)を経由した後、燃料ガスとして売却する。物質収支としては、原藻100万t(湿質量)のうち有機物が11万t、水分は87万tである。この有機物成分がいわゆるバイオガスになるが、その組成はメタンガス52%、炭酸ガス48%である。

メタン発酵には、多くの工程を経る必要があり、メタン菌を高濃度に保持し発酵効率を高速度化することが課題である。

再び図―1では、燃料化処理後、残渣、廃液を「廃棄物処理」して、大部分を肥料や飼料として農場に売却する。さらに一部は栄養源として沖合の海藻栽培システムに還流するということも検討されている。

表―1にJOIA構想におけるマリンバイオシステムのエネルギー収支を示す。生産されたメタンガスのエネルギーが2.3×1011kcalに対して、生産の為に使用したエネルギーが5.15×1011kcal、すなわち収支はマイナスとなる。使用エネルギー中、有用物質の回収に72%もの大きなエネルギーを必要としているところが問題である。

表ー1エネルギー収支(JOIA 1984より)

 
 
図―4
コンブの有用物質成分


有用物質の説明をすると、図―4は、コンブに含まれる成分の例を示す。粗繊維に加え、アルギン酸、マンニトール、フコダインなどが主成分である。これらは、コンブを噛むと口の中に粘々したものが広がるあの成分である。食品の添加剤や可塑剤、医薬品の用途がある。その他、アミノ酸、クロロフィル、ポリフェノールなど馴染みの成分が入っている。これら、有用物質の純度を高めたものの単価は、1キログラム当り数千円数万円となる。医薬品やバイオセンサーの素材に使うものでは、4000万円から20億円となるものもある。しかし、純度を高めるためには、莫大なエネルギーとコストが必要となることが、先述のエネルギー収支に大きく影響している。

JOIA構想の経済収支としては、年間収入の総計は169億円と計算されている。しかし、そのうち、エネルギー(ガス)からの収入が16億円しかない。これは、試算当時のガスの価格が1,000kcalあたり七円という安さに原因している。ガスの価格は現在でもこの2.6倍程度である。これに対して、有用物質からの収入が148億円と一桁大きい。一方、建設費は548億円で、償却費、運転費などを勘案した損益試算の結果、開業から6年までは赤字だが、7年目から黒字となり、事業としては成立する結果が報告されている。

建設業との関わりでは、548億円の建設費のうち、建設業に関連する栽培施設や建屋、サイロなど概ね40%弱あり、発電所や石油プラントなど他の装置産業よりも比率は高い。技術開発での貢献としては、EEZを念頭に置いた、大水深栽培システムの耐波浪性や係留システムなどに寄与できる。
その他のマリンバイオシステム

JOIA構想以外のマリンバイオマスを簡単に紹介する。マリンバイオマスの研究の元祖はアメリカである。アメリカは1970年代にジャイアントケルプからメタンガスを生産する構想を立て、カリフォルニア沖で実証実験を行った。しかし、施設が嵐で壊れてから、1980年台初め以降は研究報告がない。


図―5 アカモク(ホンダワラ科)
写真提供:宮城県保健環境センター


日本では(財)東京水産振興会が最近「オーシャンサンライズ計画」を発表している。EEZを含む447万平方kmという広大な海を利用して、ホンダワラの一種であるアカモク(図―5)を、年間1.5億t生産し、400万tのバイオエタノールを生産する構想である。しかし、海藻からエタノールを生産するハードルは未だ高い。エタノール発酵のシステムを一般的に描くと図―6のようである。農水省が主導する「バイオマス・ニッポン総合戦略」で既に実証が進んでいるシステムは、図中左の稲ワラや廃木材などのセルロース系の多糖類を糖化・発酵させてエタノールとするものである。海藻が原料の場合、比較的単位収穫量の多い褐藻類の主成分はアルギン酸であり、これを塩分存在下で微生物だけで糖化・発酵することは難しいと言われている。各方面で研究がされているが、これからの技術革新が要求される分野である。

図―6
エタノール発酵のフロー
 

(株)三菱総合研究所は、「アポロポセイドン構想2025」の中で、日本海のEEZにある大和堆に着目し、年間2,000万キロリットルのバイオ燃料を供給する構想を発表している。大和堆は、水深が200~400mと浅いのが魅力で、ホンダワラを栽培してエタノールを生産する構想はオーシャンサンライズ計画と同じだが、同時に、海藻の有機成分からガス管や水道管を生産したり、海水に溶存するウランを海藻に濃縮させて回収するなどして付加価値の高い原材料の生成を提案している。最近、バイオ燃料の革新的製造技術にめどを付けその基礎研究開発に着手した。

大学、電力・ガス、建設会社などが構成する「海洋バイオマス研究コンソーシアム」は、石炭火力発電所からでる炭酸ガスを水槽に吹き込んで海藻を増殖させ、これを取上げて、発電所の余剰熱で乾燥させた後、石炭と混焼するシステムを発表している。メタンガスやアルコール抽出という複雑な工程が不要なシステムである。

国内外の研究動向

海藻だけでなく、淡水の藻類に関する研究も盛んである。ボトリオコッカスという淡水性微細藻類は、細胞の内部と外部に油分を生成する。この微細藻類培養と油分分離の研究が日本や海外で進んでいる。

1980年代に一度は挫折したアメリカを初め、欧米の藻類系バイオマスへの研究は盛んである。エクソンやシェルなど石油資本の投資を受けた研究は、一研究数億ドルの規模のものもある。

韓国はインドネシアでキリン采(褐藻類)を養殖し、カラギーナン(アイスクリームの粘着剤など)抽出後、繊維をパルプの原料にする事業に着手した。また、韓国の別の企業はフィリピンで100万haのテングサ(紅藻類)を養殖しエタノールの生産事業を始めたとの情報もある。

おわりに

2年間にわたり、マリンバイオマス(海藻)からエネルギーを取り出すシステムを対象として、国内外の構想や研究動向を調査した。EEZなど大水深での栽培施設の建設に関しては、建設業の貢献が期待できるが、経済性の高い燃料生成技術が要求され、メタンガス発酵の高速化、アルギン酸糖化・発酵の効率化などが課題である。燃料生産を主目的とした場合、経済収支とエネルギー収支は両立しにくい。

しかし、わが国のゆっくりとした開発テンポに比べ、海外の研究開発はそのスピード、スケールともに凄まじい。マリンバイオマスのような再生可能エネルギーの構想実現のためには、エネルギー戦略に則った国の主導が必要である。

[謝辞]
本稿の作成に当たっては、旧(社)日本海洋開発産業協会、(財)東京水産振興会、(株)三菱総合研究所ほか、多くの方々から最新の情報を頂いた。ここに深く謝意を表します。

[参考文献]
  1. (社)日本海洋開発産業協会、(財)エンジニアリング振興協会、(財)発酵工業協会:海洋バイオマスによる燃料油生産に関する調査成果報告書、昭和59年3月
  2. (財)東京水産振興会:平成18年度 水産バイオマス経済水域総合利活用事業可能性の検討報告書、平成19年3月
  3. (株)三菱総合研究所:アポロ&ポセイドン構想2025

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