2013年9月23日月曜日

2011年4月15日付首相官邸HP「チェルノブイリ事故との比較」の内容はすべて医学的に誤っている。:福島とチェルノブイリの原発事故の比較に関する首相官邸ホームページ専門家グループ解説の医学的疑問点

福島とチェルノブイリの原発事故の比較に関する
首相官邸ホームページ専門家グループ解説の医学的疑問点


http://www5a.biglobe.ne.jp/~tenrou/radiation/MatsuzakiOpinion20110523a.pdf

松崎道幸
(医学博士)

【要旨】
1. 2011年4月15日付首相官邸HP「チェルノブイリ事故との比較」の内容はすべて医学的に誤っている。

(ア) 19名のチェルノブイリ原発内被ばく後死亡者の死因が被ばくと関係なしと述べているが、急性白血病など悪性疾患で5名が亡くなっているのが事実。
(イ) 24万人の除染作業員と数百万人の周辺住民では6千人の甲状腺ガン以外に健康影響はないと断定しているが、WHOなどのごく控えめな見積もりでも、ガンによる超過死亡は今後4千人から9千人と考えられている事実を隠している。
(ウ) 放射線被ばくによって増える病気はガンだけではない。原爆被爆者において、ガン、心臓病、脳卒中など様々な病気のリスクが有意に増えることが分かるまでに40年から50年以上の追跡調査が必要だったのに、事故後わずか20年に満たない時点でチェルノブイリ事故の被ばく者の健康に影響がないと述べることは、原爆被ばくを受けた国の被ばく問題専門家の資格が問われる見過ごすことのできない誤りである。
(エ) 今後チェルノブイリ被爆者の追跡調査が継続されるにつれて、ガン、非ガン性疾患による超過死亡が数万人の単位で発生することが医学的に十分予測される。

2. 政府は、首相官邸HP「チェルノブイリ事故との比較」を削除し、チェルノブイリ事故と福島原発事故の健康影響に関する科学的証拠に基づいた情報を国民に提供すべきである。

2011年3月11日に発生した東日本大震災により福島県の東京電力の原子力発電所で重大事故が発生しました。五重、六重の安全対策が施されているから苛酷事故の懸念はないとして稼働を続けていた福島原発の半径20キロ圏内は立ち入り禁止とされてしまいました。
今回の原発事故による放射能汚染は、すべての国民に大きな健康上の不安を与えています。首相官邸のホームページhttp://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka.html
には、国民向けに、幾人かの専門家による放射線被ばくの諸問題に関する解説が掲載されています。
4月15日には、その解説シリーズの3回目として、長瀧重信長崎大学名誉教授と佐々木康人(社)日本アイソトープ協会常務理事による「チェルノブイリ事故との比較」がアップされました。

http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g3.html
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チェルノブイリ事故との比較
平成23年4月15日
チェルノブイリ事故の健康に対する影響は、20年目にWHO, IAEAなど8つの国際機関と被害を受けた3共和国が合同で発表(注1)し、25年目の今年は国連科学委員会がまとめを発表(注2)した。これらの国際機関の発表と福島原発事故を比較する。
1. 原発内で被ばくした方 *チェルノブイリでは、134名の急性放射線障害が確認され、3週間以内に28名が亡くなっている。その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない。 *福島では、原発作業者に急性放射線障害はゼロ(注3)。
2. 事故後、清掃作業に従事した方 *チェルノブイリでは、24万人の被ばく線量は平均100ミリシーベルトで、健康に影響はなかった。 *福島では、この部分はまだ該当者なし。
3. 周辺住民 *チェルノブイリでは、高線量汚染地の27万人は50ミリシーベルト以上、低線量汚染地の500万人は10~20ミリシーベルトの被ばく線量と計算されているが、健康には影響は認められない。例外は小児の甲状腺がんで、汚染された牛乳を無制限に飲用した子供の中で6000人が手術を受け、現在までに15名が亡くなっている。福島の牛乳に関しては、暫定基準300(乳児は100)ベクレル/キログラムを守って、100ベクレル/キログラムを超える牛乳は流通していないので、問題ない。
*福島の周辺住民の現在の被ばく線量は、20ミリシーベルト以下になっているので、放射線の影響は起こらない。
一般論としてIAEAは、「レベル7の放射能漏出があると、広範囲で確率的影響(発がん)のリスクが高まり、確定的影響(身体的障害)も起こり得る」としているが、各論を具体的に検証してみると、上記の通りで福島とチェルノブイリの差異は明らかである。
長瀧 重信 長崎大学名誉教授



 








佐々木 康人

(元(財)放射線影響研究所理事長、国際被ばく医療協会名誉会長) 佐々木 康人 (社)日本アイソトープ協会 常務理事 (前 放射線医学総合研究所 理事長)
原典は以下の通り。

[注1]. Health effect of the Chernobyl accident : an overview Fact sheet303 April 2006 (2006年公表) http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs303/en/index.html
[注2]. United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation, SOURCES AND EFFECTS OF IONIZING RADIATION UNSCEAR 2008 Report: Sources, Report to the General Assembly Scientific Annexes VOLUMEⅡ Scientific Annex D HEALTH EFFECTS DUE TO RADIATION FROM THE CHERNOBYL ACCIDENT Ⅶ. GENERAL CONCLUSIONS (2008年原題/2011年公表) P64~ http://www.unscear.org/docs/reports/2008/11-80076_Report_2008_Annex_D.pdf
[注3]. (独)放射線医学総合研究所プレスリリース「3月24日に被ばくした作業員が経過観察で放医研を受診」2011.4.11 http://www.nirs.go.jp/data/pdf/110411.pdf


全体として、チェルノブイリ事故は、一部を除いてほとんど被害が起きなかった、福島事故はそのチェルノブイリよりもはるかに被害が少ないから心配する必要はないというものです。
でも、本当に専門家の方々の言うことを信じてもよいのかを、引用された原典を直接読んで、私なりに検討してみることにしました。
(注:この文書を通して、被ばくの度合いを表す単位Sv(シーベルト)、GY(グレイ)が使われています。臨界事故など中性子線が出ていない被ばくの場合Sv = Gyとしてよいので、チェルノブイリの場合も福島の場合も Sv と Gy は同じと考えてください。)

ところで、この専門家の見解は、官邸の引用した原典[注2](UNSCEAR2006 年報告書)の64 ペー
ジ「一般的結論」の記述に沿ったものです。


【UNSCEAR2006年報告書:松崎訳】
A. 放射線被ばくによる健康リスク
99.放射線被ばくが原因であると現時点で判定される
健康影響は以下の通りである:
- 高線量被ばくに見舞われ急性放射線症候群
(ARS)を発症した134名の発電所職員と緊急作業員。
多くはベータ線被ばくにより皮膚に損傷を受けていた。
- 高線量被ばくにより、28名が死亡した。
- 急性期死亡を免れた急性放射線症候群発症者の
うち19名が2006年までに死亡した。死因は様々である
が、放射線被ばくと関連のないものが多かった。
- 生存したARSの主な後遺疾患は皮膚の損傷と放射
線白内障だった。
- 緊急作業員以外に、数百万人の人々が除染復旧
作業に従事したが、現在までに、高線量被ばく集団に
おける白血病と白内障の増加を除き、放射線被ばくの
影響と考えられる健康被害が発生している証拠はない。
- 迅速な対策が取られなかったために、放射性ヨード
で汚染された牛乳により一般住民の甲状腺が甚大な被
曝を受けた。このため、事故当時こどもあるいは若者
だった集団から現在までに6,000名以上の甲状腺ガン
が発生した(2,005年までに15名が死亡)。
- 現在までに、一般住民に放射線被ばくのために上
記以外の健康被害が生じたとの説得力のある証拠は
ない。
1. 原発内で被ばくした方
*チェルノブイリでは、134名の急性放射線障害が確
認され、3週間以内に28名が亡くなっている。その後
現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくと
の関係は認められない。
*福島では、原発作業者に急性放射線障害はゼロ
(注3)。
2. 事故後、清掃作業に従事した方
*チェルノブイリでは、24万人の被ばく線量は平均
100ミリシーベルトで、健康に影響はなかった。
*福島では、この部分はまだ該当者なし。
3. 周辺住民
*チェルノブイリでは、高線量汚染地の27万人は50ミリ
シーベルト以上、低線量汚染地の500万人は10~20ミリ
シーベルトの被ばく線量と計算されているが、健康には影
響は認められない。例外は小児の甲状腺がんで、汚染
された牛乳を無制限に飲用した子供の中で6000人が
手術を受け、現在までに15名が亡くなっている。福島
の牛乳に関しては、暫定基準300(乳児は100)ベクレル
/キログラムを守って、100ベクレル/キログラムを超える牛乳
は流通していないので、問題ない。
*福島の周辺住民の現在の被ばく線量は、20ミリシーベ
ルト以下になっているので、放射線の影響は起こらない。



それでは順に、これらの記述が医学的に妥当かどうか検討してみます。なおUNSCEAR2006 年報
告書の結論に対する私の評価を文末【参考 1】に示しました。

<検証1>

1. 原発内で被ばくした方
*チェルノブイリでは、134 名の急性放射線障害が確認され、3 週間以内に28 名が亡くなって
いる。その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない。
*福島では、原発作業者に急性放射線障害はゼロ(注3)。
はは医学的に妥当か?

この官邸HPの最初の部分は、チェルノブイリの原子炉の最も近くで、いわば「決死隊」として作業を行った134名の方々の運命を述べています。官邸HPは、被曝による慢性期死亡はゼロと述べています。

「チェルノブイリでは、134名の急性放射線障害が確認され、3週間以内に28名が亡くなっている。その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない。」

この網掛部は、原典(UNSCEAR 2008年報告書)では、
While 19 ARS survivors have died up to 2006, their deaths have been for various reasons, and usually not associated with radiation exposure(急性期死亡を免れた急性放射線症候群発症者のうち19名が2006年までに死亡した。死因は様々であるが、放射線被ばくと関連のないものが多かった:松崎訳)

と表現されています。官邸HPでは、被曝との関係はないと断定していますが、原典(UNSCEAR 2008年報告書)では、「被曝と関連のないものが多かった」と、あいまいな表現になっています。
急性放射線症候群に罹患し3週間までに命を落とさずに済んだが、「その後現在までに」亡くなった「19名」の病状の詳細が「注2」の原典のどこかに書かれているはずです。それを直接確認することによって、この官邸HPの表現が適切かどうかわかるはずです。

ありました!

[注2]「UNSCEAR 2008年報告書」の189ページ、「表D7 Causes of death among Chernobyl ARS survivors in the later period(チェルノブイリの急性放射線症候群罹患者の事故における死因)」がそれです。コラム1の[注2]のリンクをクリックしてダウンロードされた報告書の145ページ目(通し番号では189ページ目)に表D7が載っています。
事故から1年後以降に亡くなった19人のイニシャル、急性放射線症候群重症度、死亡年度、年齢、死因が記載されていました。下の囲みに、私が死亡年令順に並べ替えて和訳し、病名の説明など注釈を加えました。

http://www.unscear.org/docs/reports/2008/11-80076_Report_2008_Annex_D
189ページTab D7「チェルノブイリ急性放射線症候群罹患除原発内除染作業従事者の長期予後」を松崎改編 (放射線被曝と関連がある血液疾患・悪性腫瘍を網掛で示した。)

死亡年齢(才)
死亡年
急性放射線症候群重症度*
死因
26
1995

急性心臓死
41
1993

急性心臓死
41
2004

肺結核
45
1998

肝硬変
46
1995

肝硬変
51
1995

肺結核 51 2002 Ⅰ 骨髄異形成症候群**
51
2002

外傷 52 1993 Ⅲ 骨髄異形成症候群
53
1995

外傷性脂肪塞栓症候群 53 2004 Ⅱ 下顎神経鞘腫*** 61 1998 Ⅱ 急性骨髄単球性白血病****
61
1999

脳卒中 64 1995 Ⅲ 骨髄異形成症候群
67
1992

急性心臓死
68
1990

急性心臓死
80
1998

急性心臓死
81
1987

肺壊疽
87
2001

急性心臓死
【松崎注】
*急性放射線症候群重症度 Ⅰ:1~2Gy Ⅱ:2~4Gy Ⅲ:4~6Gy
**骨髄異形成症候群は血液のガンの一種。原爆被爆の関連については下記参照:
http://www.rerf.or.jp/library/rr/rr0914.pdf
…原爆被爆後40–60年経過していても、MDS(骨髄異形成症候群)発生と被曝線量には有意な線形線量反応関係が認められた。
***神経鞘腫の多くは良性腫瘍だが、死因として挙げられていることを考えると、悪性だったと思われる。
****急性骨髄単球性白血病は急性骨髄性白血病の一種。

「原子放射線による影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」は、この表D7をもとにして、「急性期死亡を免れた急性放射線症候群発症者のうち19名が2006年までに死亡した。死因は様々であるが、放射線被ばくと関連のないものが多かった。(While 19 ARS survivors have died up to 2006, their deaths have been for various reasons, and usually not associated with radiation exposure)」という結論を出したことになります。
そして、官邸の専門家は、原典の表D7までさかのぼって確認したのではなく、おそらくこの「結論」だけを見て、それを「その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない。」と断定調に書き換えてホームページに出したと想像されます。
さて、表D7を実際にご覧になり、原典の原文をお読みになって、亡くなられた19名の死因について「放射線被ばくとの関係は認められない」と断定調に言うことができるでしょうか?
ここで、表D7を分析してみましょう。
1. 19名のうち3名が「骨髄異形成症候群」で亡くなっています。放射線被ばく関連疾患でもある骨髄異形成症候群は主に中高年令者の病気です。欧米における患者年令の中央値は70歳で、発病者数は1年間に10万人あたり3~10名です。ですから、16年間に19名中3名がこの病気で亡くなったということは、通常のおよそ300倍の発生率という計算になります。この集団がこの病気を発病する外的要因(=放射線被ばく)に極めて高度に曝露された結果であると考えざるを得ません。
2. さらに、もう一人が急性白血病で亡くなっています。
3. また、53才という比較的若年で神経鞘腫という腫瘍で亡くなった方もおられたわけです。
このように、実際の死因を検討すると、19人中5人が放射線被ばくと関連の深い悪性疾患で亡くなったと解釈する方が医学的に妥当だと考えられます。
さらに言うと、他の14名は心臓病、脳卒中、肝臓病などで死亡していますが、原爆被爆者では、これらの病気で死亡するリスクが高まっていることが明らかにされています。したがって、これらの人々の死亡を喫煙や飲酒などのライフスタイルの問題にすべて帰することは単純な見方であると思われます。放射線被ばくがこれらの人々の命を縮める大きな要因の一つであると捉える必要があります。
私は、原発内で被ばくした労働者の後期の死因に関する「原子放射線による影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」の結論「こそが」間違っていると思います。
UNSCEARは、心臓病や肝臓病のような「一見」放射線被ばくと関連のないように見える病気で亡くなる方が多かったことを隠れ蓑にして、ガンや白血病とその関連疾患で5人が亡くなった事実をなるべく伏せておきたいと望んでいるように感じられます。
一方、日本国の専門家の方々が、「原子放射線による影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」の結論を「鵜呑み」にしていなければ、そして、それを断定調に「書き換える」ことなしには、官邸HPの「放射線被ばくとの関係は認められない」という記述は出てこないでしょう。何故なら、この分野で最高の知性を持たれる日本の専門家の方々が、原典の「Tab D7」を見ていたなら、当然原典の結論が不適切だということがすぐに理解できるはずだからです。
したがって、官邸HPの①はこのように書き換える必要があります。

原発内で被ばくした方 「その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない。」 ↓ 「その後現在までに19名が亡くなっているが、うち5名が白血病や悪性腫瘍などの放射線被ばくとの関係が深い疾患で亡くなっている。」

この点について是非とも専門家の方々のご意見をお伺いしたいと思います。

<検証2>

2. 事故後、清掃作業に従事した方 *チェルノブイリでは、24万人の被ばく線量は平均100ミリシーベルトで、健康に影響はなかった。 3. 周辺住民 *チェルノブイリでは、高線量汚染地の27万人は50ミリシーベルト以上、低線量汚染地の500万人は10~20ミリシーベルトの被ばく線量と計算されているが、健康には影響は認められない。

は医学的に妥当か?

官邸HPは「事故後、清掃作業に従事した方」も「周辺住民」も「健康に影響は」認められないと述べていますが、これは誤りです。それは以下の理由によります。
1. すでにWHOなどが将来4千人~9千人規模でガンが増える(超過発生する)とした推計値を公表ししており、このことは国際的コンセンサスになっている。
2. 原爆被爆者の追跡調査でガンが有意に増えると判明するまでに40年、心臓病・脳卒中などの非ガン性疾患が有意に増えることが分かるまでに50年以上かかっており、現時点で、チェルノブイリ事故の健康影響をすべて予測することはできない。

3. 低線量被ばくでは健康影響が起きないという前提で事態を判断することは非科学的である。チェルノブイリ被爆者の追跡調査が進むにつれて、原爆被爆者に匹敵する健康影響が生ずると予測することは医学的に妥当である。10~20ミリシーベルト程度の低線量被ばくを受けた数百万人の住民の非ガン性リスクがたとえ1%増加するだけで、超過死亡数が数万人に達する恐れがある。
【1】 ガンによる超過死亡は控えめでも4千~9千人と予測されている
チェルノブイリ事故で放射線被ばくした除染作業員と周辺住民のガンがどれほど増えるかについては、
①チェルノブイリフォーラムの2005年9月報告書(The Chernobyl Forum;「Chernobyl’s Legacy: Health, Environmental and Socio-economic Impacts and Recommendations to the Governments of Belarus, the Russian Federation and Ukraine」, IAEA(2005))が4,000人、
②WHOの2006年4月報告書(これは首相官邸HP原典[注1]のことです)が9,000人という推定超過発生数を公表しています。
財団法人電力中央研究所、原子力技術研究所、放射線安全研究センターが②WHO2006年報告書の「表12」(p.108)より作成した「チェルノブイリ事故による過剰がん死亡の予測」を下記に示します。http://criepi.denken.or.jp/jp/ldrc/study/topics/20060904.html

表(pdfのため転載不可):

①と②の過剰ガン死亡数の違いは、Dのその他の汚染地域住民数百万人の分を加えるかどうか(表の網掛け部分)にあります。低線量被ばくでもたくさんの人々が被ばくすると、ガンを発病する方の絶対数は増えるわけです。私は放射線被ばく量にガンのリスクの増えない閾値はないと考

えますので、②の9千人という推計が妥当だと考えますが。
今後数千人(私はごく控えめな見積もりだと考えますが)のガンが被ばくのために発生するとの予測が、ご自身が主張の根拠とされた「原典」に明確に記載されているのに、なぜこれ以上の健康被害が発生する心配はないかのような断定調でお書きになるのでしょうか?

【2】 原爆被爆による健康被害がある程度明らかになるまでに数十年必要だった
チェルノブイリ事故は1986年に発生しました。UNSCEAR2008年報告書は、2005年までの調査データをもとに書かれていますので、19年間の追跡調査成績ということになります。
官邸HPは、チェルノブイリ事故の影響についてのファイナルアンサーとして、除染作業者も一般住民も健康に影響なしと述べています。放射線被ばくによるすべての健康被害は、最初の19年間で出尽くすでしょうか?広島・長崎の原爆被爆者ではどうだったでしょうか?以下に私の見解を示します。

財団法人放射線影響研究所(放影研)の「寿命調査(LSS)」
放影研は、被爆者における死亡や癌の発生を長期にわたって調査する追跡調査のために、広島市または長崎市で直接被爆した約28万人の中から、1950年10月1日の国勢調査時に広島市または長崎市に居住していた約9万人を選び「寿命調査(Life Span Study, LSS)」という前向き調査集団を設定しました。
1945年の被曝から52年後の1997年までの13回にわたる追跡調査の結果が下記のリンクにまとめられています。
http://www.rerf.or.jp/library/archives/lsstitle.html

これをさらにまとめたのが下の表です。(より詳しくは文末【参考 1】を参照)

原爆被爆者の固形ガンおよび非ガン性疾患と被爆の関連についての結論:追跡期間別
(放影研資料に基づき松崎要約)
http://www.rerf.or.jp/library/archives/lsstitle.html

追跡年数
(1945年~)   固形ガンと被爆の関連            ガン以外の疾患と被爆の関連

14年後   女性の胃ガン・子宮ガン軽度増加           関連なし
21年後   高線量被曝露群で発ガン率増加始まる       記述なし
25年後   固形ガンの「顕著」な増加始まる            記述なし
29年後   低線量域での発ガンの有無は資料不足で不明   被曝による死亡率増加なし
33年後   固形ガンの増加著明。有意増のガン種類増加    被曝による死亡率増加なし

37年後   引き続き多くのガン種類が被曝で有意に増加     記述なし
40年後  全ガンリスクの増加が引き続き観察される    高線量域で発病リスク増加の傾向あり          
45年後 被爆時30歳で1Sv当り10~14%発ガンリスク増加 循環器疾患等が1Sv当り10%有意に増加
52年後 被爆時30歳で1Sv当り47%発ガンリスク増加 循環器疾患等が1Sv当り14%有意に増加。

この表を見ると、白血病以外のガン(固形ガン)と被曝の関係がはっきり現れるまでに30~40年以上の時間が必要だったことが分かります。
ガンの発病リスクが1シーベルトにつき50%増えることがわかったのは、被曝から52年たってからでした。その7年前の調査では、1シーベルト当り10%台のリスク増加にとどまっていたのです。被曝の影響のありなしの結論を出すには、とても長い期間が必要だということを思い知らされます。
さらに、心臓病や脳卒中も被曝によって増加することが分かってきました。このことが最初に見えてきたのは、被爆から40年後でした。
追跡期間が長くなればなるほど、1シーベルトあたりの疾患リスクが増加し、より低線量域でのリスク増加が有意となってきています。
ですから、放射線被爆から20年間しか経っていない時点で、ある特定の病気と放射線被ばくには関係がないとか、低線量では被曝の影響がないと、断定的に言うことは不可能であり、非科学的なのです。

【3】 低線量被ばく:原爆被爆者追跡調査ではガンに閾値なし。心臓病も閾値のない可能性あり
低線量被ばくの問題
① ガン
放影研は、これまで示したデータをもとにして、「腫瘍登録は広島では1957年、長崎では1958年に開始された。1958年から1998年の間に、寿命調査(LSS)集団の中で被曝線量が0.005 Gy(5ミリシーベルト:著者注)以上の44,635人中、7,851人に白血病以外のがん(同一人に複数のがんを生じた場合は、最初のもののみ)が見いだされ、過剰症例は848例(10.7%)と推定されている(上表)。線量反応関係は線形のようであり、明らかなしきい線量(それ以下の線量では影響が見られない線量のこと)は観察されていない(下図)。」と述べています。(太字松崎)
http://www.rerf.or.jp/radefx/late/cancrisk.html
原爆被爆の健康影響を検討してきた中心的研究所が、20mSvであろうと100mSvであろうと、その被曝に応じてガンリスクが増加だろうという見解を発表しているのに、官邸HPの「専門家」が「チェルノブイリでは、24万人の被ばく線量は平均100ミリシーベルトで、健康に影響はなかった」とか、「チェルノブイリでは、高線量汚染地の27万人は50ミリシーベルト以上、低線量汚染地の500万人は10~20ミリシーベルトの被ばく線量と計算されているが、健康には影響は認められない」と被ばくの影響を完全に否定したことは、医学的に明白な間違いです。わずかな被曝でもそれに見合った発ガンリスクの増加があるはずだとして対策を講ずるのが常識的なやり方です。(【参考 2】に原爆とチェルノブイリ被爆者の被ばく人数・被ばく量の比較を示しました。)

表(pdfのため転載不可):

LSS集団における固形がん発生の過剰相対リスク(線量別)、1958-1998年。
(Gy≒シーベルト)
太い実線は、被爆時年齢30歳の人が70歳に達した場合に当てはめた、男女平均過剰相対リスク(ERR)の線形線量反応を示す。太い破線は、線量区分別リスクを平滑化したノンパラメトリックな推定値であり、細い破線はこの平滑化推定値の上下1標準誤差を示す。

② 心臓病・脳卒中
脳卒中と心臓病は、原爆被爆者の超過死因として癌の3分の1の数をもたらしています。なかでも原爆被爆と心臓病については、下表に示すように、追跡期間が長くなり、対象症例数が増えるにつれて、より低線量でも有意な関連が認められるようになってきました。

表(pdfのため転載不可):

2010年に英国医学雑誌(BMJ)に原爆被爆者の心臓病が低線量被ばくでも増加すると述べた論文が掲載されました。(上表BMJ)
http://www.bmj.com/content/340/bmj.b5349.full
BMJ論文では、0.5シーベルト以上で原爆被爆が心臓病を有意に増やすと結論されました。
さて、問題は0.5シーベルト以下の低線量でも心臓病リスクが増えるかどうかです。BMJ論文では、今まで明らかになった被ばく線量と心臓病リスクの増加度を下図にまとめて検討して、次のような見解を述べています。

「…本研究により、中等度(主に0.5~2グレイ)の放射線被曝により脳卒中と心臓病の発生率が増す可能性があるという現在入手できる最も強固な証拠が明らかにされた。しかし、確定的な証拠を得るにはさらに研究が必要である。われわれの研究では、0.5グレイ未満の線量域で有意な関連が見られなかったが、今後引き続く追跡調査によって症例を追加することにより、低線量域におけるリスクがより正確に推定できるであろう。」(原文:This study provides the strongest evidence available to date that radiation may increase the rates of stroke and heart disease at moderate dose levels (mainly 0.5-2 Gy), but robust confirmatory evidence from other studies is needed. Although our results below 0.5 Gy are not statistically significant, the additional cases occurring with further follow-up time should provide more precise estimates of the risk at low doses. )

BMJ誌がこのように、今後の追跡調査で、より低線量でも、有意な関連が出る可能性があるということを示唆する表現で論文を締めくくったのは、被ばく線量と心臓病のリスクの関連を閾値のない線形関係で表示することが統計学的に最も適切であると予見されたからです。

表(pdfのため転載不可):

坪野吉孝氏(前東北大学教授:健康政策・公衆衛生学)は、前記BMJ論文について、自身のブログで次のようにコメントしています。疫学データの解釈の仕方として、とても参考になると思われるますので、全文を紹介させていただきます。

坪野吉孝 疫学批評-医学ジャーナルで世界を読む-http://blog.livedoor.jp/ytsubono/
(太字松崎 )
広島長崎の被爆者、被曝線量の増加で心臓病と脳卒中の死亡リスクが上昇。(2010年1月25日)
広島長崎で原爆に被爆し1950-1953年の時点で生存していた86,611人を2003年末まで追跡したところ、推定被曝線量が1Gy(グレイ)高くなるごとに、心臓病の死亡率は14%、脳卒中の死亡リスクは9%ずつ上昇した。論文はBritish Medical Journal電子版に2010年1月14日掲載された。
1950-1953年、対象者の被曝時の状況(爆心地からの距離、屋内にいたか屋外にいたかなど)を調査し、その結果をもとに個人ごとの放射線被曝量を推定した。被曝線量に応じて、対象者を22のグループに分けた。被曝線量が最小のグループは0以上0.005Gy未満、最大のグループは3Gy以上で、対象者の86%の被曝線量は0.2Gy未満だった。2003年末までの追跡調査で、心臓病死亡8,463人、脳卒中死亡9,622人を確認した。
その結果、閾値(それ以下の被曝線量ではリスクが上昇しないという上限値)がなく、被曝線量に応じてリスクが直線的に上昇するという、通常の前提を採用して分析したところ、被曝線量が1Gy(グレイ)高くなるごとに、心臓病の死亡率は14%、脳卒中の死亡リスクは9%ずつ上昇した。
リスクの上昇が直線的と想定した場合と、二次曲線的(被曝線量が小さいとリスク上昇はより小さく、被曝線量が大きいとリスク上昇はより大きくなる)と想定した場合を比べたところ、心臓病でも脳卒中でも、直線的なモデルと比べて二次曲線的なモデルの方が、よりよくデータに当てはまるということはなかった。脳卒中では、二次曲線的なモデルの方が直線的なモデルよりわずかにデータの当てはまりが改善したが、改善の程度は誤差範囲に留まった。
また閾値の存在について検証したところ、心臓病では閾値の存在は否定的だった。一方、脳卒中では、0.5Gy未満のグループのリスク上昇が誤差範囲に留まることなどから、0.5Gyを閾値の推定値として示している。
著者らによると、被曝者での今回と同様の分析は何度か報告されてきたが、今回は直近の報告から追跡期間を6年間延長し、心臓病や脳卒中などの死亡数が25%増えている。その上で、著者らは、中等量の放射線(おおむね0.5-2Gy)が心臓病と脳卒中の率を上昇させる点について、今回の研究はこれまでで最も強固な知見をもたらすものだと結論している。同時に、0.5Gy未満での結果は誤差範囲に留まるものだが、追跡期間を延長して追加の症例が発生することで、低線量のリスクについてより正確な推計がもたらされるだろうと述べている。
⇒著者らは、0.5Gy未満のグループのリスク上昇が誤差範囲に留まることなどを根拠として、放射線による脳卒中のリスク上昇には閾値が存在することを示唆している。しかし、脳卒中のリスク上昇が誤差範囲に留まるのは、より高線量のグループ(0.75Gy付近や1.5Gy付近)でも同様だ。また、著者らが閾値の存在に否定的な心臓病についても、0.5Gy未満のグループに留まらず、より高線量のグループ(1.5Gy付近や2.5Gy付近)でも、結果は誤差範囲に留まっている。
したがって、個別のグループごとの結果に基づいて被曝線量とリスクの量的関係を論じたり、閾値の存在を示唆したりすることが適切とは思えない。すべてのグループのデータを考慮し、「閾値がなく、被曝線量に応じてリスクが直線的に上昇する」という通常の前提を採用して得られた結果(1Gyあたり心臓病死亡リスクが14%、脳卒中死亡リスクが9%上昇)を、今回の主要な知見とみなすがの適切だろう。
要するにここでは、「最も単純な説明が最良の説明である」という「オッカムの剃刀」の原理を適用すべきだろう。その原理を強力に反証するデータが出てきた時に初めて(直線モデルより二次曲線モデルの方が明らかにデータの当てはまりがよい、0.5Gy未満のリスク上昇は誤差範囲だが、0.5Gy以上では誤差範囲を超えるリスク上昇がある)、直線モデルの妥当性や閾値の存在の可能性を議論すべきではないか。少なくとも、「0.5Gy未満の被曝線量では脳卒中死亡リスクが上昇しない」という形で、今回の結果を行政的に利用することが不適切であることは指摘しておきたい。

同誌サイトより全文を無料で閲覧できる。

これまで示したように、100mSv以下の低線量被ばくでも、ガンは有意に増え、心臓病もそうである可能性があることが分かっています。これらのデータは被曝時に大人だった人もこどもだった人も含めたものでありますので、もし、こどもに限れば、被ばくの健康被害リスクはさらに何割あるいは何倍も増加すると考えられます。
低線量被ばくの健康影響に関しては、さらに長年多人数の被ばく者を追跡調査することにより、さらに明らかになるでしょう。そして、福島原発の被ばくについても、しっかりと資源を投入して追跡調査を行ってゆくことが、被ばくの影響を減らすための大前提です。
結論

したがって、官邸HPの①はこのように書き換える必要があります。

2. 事故後、清掃作業に従事した方 *チェルノブイリでは、24万人の被ばく線量は平均100ミリシーベルトで、健康に影響はなかった。 3. 周辺住民 *チェルノブイリでは、高線量汚染地の27万人は50ミリシーベルト以上、低線量汚染地の500万人は10~20ミリシーベルトの被ばく線量と計算されているが、健康には影響は認められない。 ↓ 2. 事故後、清掃作業に従事した方 *チェルノブイリでは、24万人の被ばく線量は平均100ミリシーベルトで、今後健康に無視できない大きな悪影響がもたらされる懸念が大きい。 3. 周辺住民 *チェルノブイリでは、高線量汚染地の27万人は50ミリシーベルト以上、低線量汚染地の500万人は10~20ミリシーベルトの被ばく線量と計算されており、原爆被爆者の追跡調査成績から推測すると、少なくない超過死亡者の発生が予測される。またガンだけに限らず、心臓病・脳卒中など様々な種類の非ガン疾患の増加が生ずる可能性があることにも留意すべきである。 以上から、被ばくの実態をしっかり把握しつつ、予想される健康被害を可能な限り予防軽減するための手厚い対策を講ずることが急務である。

【追補】 UNSCEAR2008報告書 結論部に対する批判的コメント(松崎)
官邸HPが原典として引用しているUNSCEAR2008報告書には、チェルノブイリの除染労働者と一般住民の「長期的」健康影響に関する「結論」が書かれています(下囲み)。各項毎に、【】内で私の見解を述べています。本稿の前半で示した図表データなどを想起しながら、お読みください。

UNSCEAR2008報告書(185ページ~)
http://www.unscear.org/docs/reports/2008/11-80076_Report_2008_Annex_D.pdf
補遺D 後期健康影響
Ⅳ 一般的結論
D272~D280(固形ガン・白血病・非ガン性疾患)
(松崎訳・【松崎コメント】)
D272.除染作業者の白血病リスクが明らかに増加しているといういくつかの証拠が、主にロシア連邦での研究から得られた。しかし、現在のところ、このリスク推計を直接日本の原爆被爆者のような高線量あるいは高線量率の被曝集団から得られた調査成績と比較することは時期尚早である。除染作業労働者に関する研究調査の限界と不十分点に留意する必要がある。しかし、これらの調査から将来意義のある知見が生み出されることが期待される。
【確かにチェルノブイリの高線量被ばく者は少ないが、低線量被ばく者は数倍存在するから、今後の追跡により、低線量領域での健康影響はより詳細正確につかむことができるだろう。】
D273.現時点で、最も汚染された3共和国の一般住民の全固形ガンあるいは乳ガンリスクの明らかな増加を示す説得力のある証拠はない。これらの国において放射能汚染の少ない地域と比較して汚染の高度な地域でリスクが増加している現象は観察されない。また異なる放射能汚染度の地域間で、時間経過とともにガンの発生率に差が出てくることも観察されない。除染作業労働者の固形ガン発生率に関して、標準化罹患比の増加が観察された集団がいくつか存在する。しかし単位線量当たりのガン発生数の定量的推計値は発表されていない。
【わずか20年の追跡調査で明らかな結論が出ないのは「寿命調査」に照らせば当たり前。今後さらに30年以上の長期観察が必要】
D274.現在までの追跡調査と原爆被爆者などを対象とした調査研究の知見を用いて評価を行うと、本事故による一般住民の被ばく量はとても少ないため、たとえあったとしてもわずかな全固形ガンリスク増加を検出できる十分な統計学的パワーを持つ調査はできそうにもないと思われる。この事故によって超過発生すると予測されるガン患者数は、ベースラインのガン患者数よりはるかに少ないだろうが、絶対数としては、大きな数字になる可能性がある。もちろん、これまでに行われた調査結果から考えると、現在想定されているリスクモデルの予想値を大きく超える数字になる可能性はないだろうが。
【前項と同じ】
D275. 略(自己免疫性甲状腺疾患に関する項目)
D276.チェルノブイリの事故による放射線被ばくが心臓病や脳卒中の発生率と死亡率を有意に増加させることを示す確実な証拠は皆無に等しい。ロシア連邦の除染作業労働者で被ばく量と心臓病死亡率と脳卒中発症率が有意に正相関することを示した研究が1件存在する。この研究結果は、原爆被爆者を対象とした調査成績と統計学的に一致するが、4グレイ以下の被ばく量線量と心臓病の関連を検討した他の諸調査の成績とは一致しない。それだけでなく、チェルノブイリ除染作業労働者における心臓病リスクの増加までの期間は、他の調査で示された潜伏期間と一致していない。チェルノブイリ事故による放射線被ばくが心臓病と脳卒中のリスクを増やすか否かを決めるにはより説得力のある証拠が必要であろう。
【心臓病や脳卒中と原爆被爆との有意な関連が観察され始めたのが、被爆から45年後である。わずか20年で結論を出すことはできない】
D277.略(放射線白内障に関する項目)
D278.放射線被ばくにより増加する可能性のある疾患が実際に増えていたことを見出した調査が一件存在するとはいえ、その増加が放射線被ばくで生じたとの結論を出すためには、因果関係(つまりその関連が原因と結果の関係にあること)の検討が必要である。工業的汚染、環境因子(たとえば土壌中のヨード濃度)、ライフスタイル(喫煙、飲酒など)、出産歴、診断法の進歩、対象集団に対する医療的介入の増加(検診など)をはじめとした可能性のある交絡因子とバイアス因子を詳細に検討する必要がある。
【これは疫学的手法として当然のことを言っているだけ。】
D279.放射線被ばくを受けた大集団の健康リスクは、別の被ばく事象を調査して得られた疫学的研究と生物物理学的モデルから作成された被ばくリスクモデルに基づいて予測されることが多い。そのようなリスク予測の実際的な目的は、その集団のヘルスケア計画を決定したり、一般住民に情報を提供するためであることが多い。閾値のない線形モデルを用いたチェルノブイリ事故の健康被害の予測が様々なグループによって行われてきた。しかし、これらの疫学的研究から得られたデータには限界がある。0.1Sv以下の線量域では、放射線被ばくがもたらす健康影響に関する実験成績が不明瞭であり、リスク係数の不確実性が大きい。したがって、低線量領域におけるいかなる被ばくリスクの予測も極めて不確実なものとなることを認識すべきである。とりわけ、長期間ごくわずかな超過放射線被ばくを受けている非常に大人数の集団のガン死亡リスクを集団実効線量によって推計する場合にこのことが言える。生物学的、統計学的不確実性が過大であるため、集団実効線量をリスク予測に用いることは不適切である。
【日本の被爆者調査が、0.1Sv以下の線量域でもガンのリスクが有意に上がること、心臓血管疾患など非ガン性疾患のリスクも有意に上がる可能性があることなどを見出すのに50年かかった。20年のみの追跡調査で「限界」とか「不確実性が大きい」などと言うのは科学的立場に立っているとは言えない。原爆被爆者の追跡調査に多くを学ぶべきだろう。】
D280.20年の研究調査に基づき、今回UNSCEAR2000年報告書の結論が立証された。基本的には、小児期にチェルノブイリ事故による放射性ヨウ素に曝露された者と高線量被ばくを受けた緊急作業員と除染作業員は、放射線被ばくによる健康障害のリスクが大きい。自然放射線と同じか2~3倍の強度の低濃度放射線被ばくを受けただけの極めて多数の人々は、深刻な健康影響を心配する必要はない。このことは、チェルノブイリ事故で最も汚染されたベラルーシ、ロシア、ウクライナ三カ国の人々にあてはまる。ましてや、他のヨーロッパ諸国の住民における懸念はさらに小さい。チェルノブイリ事故によって生活と人生は大きな被害を受けた。しかし、多くの人々の健康は将来にわたって損なわれることはないだろうという放射線学的見解が行き渡ることが望まれる。
【2000年報告書の結論が2008年報告書で立証されたと言うが、事故からわずか14年後(2000年)の時点での結論が被害の最終的全貌を表すものでないことは言うまでもない。この「結論」を読むと、UNSCEARの見解の浅さが分かる。緊急作業者の死因についてさえ本当のことを言わないUNSCEARの姿勢を変えなければ、数千万人の一般市民の健康被害がゼロに等しいという「気休め」のメッセージの信ぴょう性も疑いの目を以て受け止められざるを得ないだろう。】

【参考 1】 原爆被爆による固形ガンと非ガン性疾患の関連:追跡調査別所見の要点
(寿命調査LSS調査の要約から抜粋:松崎)
http://www.rerf.or.jp/library/archives/lsstitle.html

寿命調査(LLS)

要約抜粋
(【ガン】=固形ガン;【非ガン】=非ガン性疾患)


被曝14年後
第2報
1950-59年

【ガン】白血病を除く悪性新生物死亡率に関する知見と原田、石田がすでに発表した広島の腫瘍登録からの知見との間に大きな差異がある。多量の放射線を受けた被爆者の間ですべての部位の腫瘍が増加する所見は認められなかったが、広島の女性に軽度であるが明瞭な増加が観察できた。この増加は主として第1に胃癌、第2に子宮癌の頻度の増加のためと考えられる。広島の男性、長崎の両性にはかかる増加は観察できない。また増加は急性放射線症状の有無に無関係であるようにみえる。現在のところこの知見を解釈することができない。 【非ガン】至近距離被爆者の悪性新生物以外の病死が増加するという確認はない。

21年後
第5報
1950-66年

【ガン】今回の解析で得られた重要な新しい所見は、1945年に最も多量の放射線つまり 180rad(注:100rad=1Sv)以上を受けた群において、1962-66年の期間の癌(白血病を除く)の罹病率が増加していたことである。部位別にみた場合ではすべての部位を合計した場合に匹敵するほどの強い関係は認められなかった。したがって、遅発性の全般的な発癌効果が現われ始めたと暫定的に結論した。1962-66年間の癌による死亡者は、100rad当たり約20%増加したと推定される。

25年後
第6報
1950-70年

【ガン】その他の癌の頻度は、この観察期間中上昇し、最後の期間である1965-70年においてはその上昇が顕著であった。したがって、白血病を除く癌の誘発に必要な潜伏期は、被爆者が受けた放射線量の範囲内ではだいたい 20年以上であろうと思われる。

29年後
第8報
1950-74年

【ガン】広島の白血病以外の特定な癌については、低線量域の線量反応曲線の形を確信をもって示すことができるほど資料が多くない。この線量域の反応曲線は、電離放射線の危険を最少限にするための公的方針を設定するには非常に重大である。広島の白血病の曲線は直線であると容認できるが、長崎の資料は残念ながら標本誤差の観点から劣っているので白血病の線量反応関数に対する線エネルギー付与(LET)の影響を評価するには大きな価値はない。その他の主な部位の癌については広島の資料はあまり断定的でない。もっと多くの資料がなくては線量反応関数曲線を確定することはできない。

33年後
第9報
1950-78年

【ガン】白血病以外の癌の絶対危険度の増加は、対象集団の高齢化と共に顕著になってきており、特に長崎では今回初めて統計的に有意となった。前報で既に述べた肺癌、乳癌、胃癌、食道癌、泌尿器癌に加えて、今回の解析では結腸癌と多発性骨髄腫も放射線被曝と有意な関連を示した。しかし悪性リンパ腫、直腸癌、膵臓癌および子宮癌については放射線との有意な関係は今のところ認められない。

【非ガン】生命表方法によって推定した癌以外の死因による累積死亡率は、両市、男女および5つの被爆時年齢群のいずれにおいても、放射線量に伴う増加は認められなかった。…癌以外の特定死因で、原爆被爆との有意な関係を示すものは見られない。したがってこの集団では、現在までのところ放射線による非特異的な加齢
【非ガン】癌以外の病死因による死亡は 14,405件あったが、それら全体およびその主要死因を解析した結果、癌以外の疾患では放射線の死亡に及ぼす後影響がみられるという証拠はなかった。

37年後
第10報
1950-82年

【ガン】白血病、肺癌、女性乳癌、胃癌、結腸癌、食道癌、膀胱癌および多発性骨髄腫について有意な線量反応が認められた。新たに4部位の癌について検討し、その結果、肝臓および肝内胆管、卵巣およびその他子宮付属器の癌については、有意な放射線の影響が示唆されたが、胆嚢および前立腺の癌における正の線量反応は有意でなかった。

40年後
第11報
1950‐85年

【ガン】白血病以外の全部位の癌については、過剰死亡は年齢別の自然癌死亡率に比例して、年々増加し続けている。…過剰相対リスクは、白血病以外の全部位の癌、胃癌、肺癌、乳癌について統計的に有意には変化していない。しかし、肺癌は減少傾向、白血病以外の全部位の癌、胃癌、乳癌は上昇傾向を示した。放射線誘発癌の経年変化のパターンを明らかにするには、更に調査が必要であろう。
【非ガン】まだ限られた根拠しかないが、高線量域(2または3Gy以上)において癌以外の疾患による死亡リスクの過剰があるように思われる。統計学的にみると、二次モデルまたは線形-閾値モデル(推定閾値線量1.4Gy[0.6-2.8Gy])のほうが、単純な線形-二次モデルよりもよく当てはまる。癌以外の疾患による死亡率のこのような増加は、一般的に1965年以降で若年被爆群(被爆時年齢40歳以下)において認められ、若年被爆者の感受性が高いことを示唆している。死因別にみると、循環器および消化器系疾患について、高線量域(2Gy以上)で相対リスクの過剰が認められる。しかし、この相対リスクは癌の場合よりもはるかに小さい。…これらの所見は、死亡診断書に基づいているので信頼性には限界がある。おそらく最も重要な問題は、放射線誘発癌が他の死因に誤って分類される可能性があることである。高線量域で癌以外の死因による死亡が増加していることは明白だが、どれだけこの誤りに起因するのかを明確かつ厳密に推定することは現在のところむずかしい。しかしながら、死因の分類の誤りだけで、この増加を完全には説明できないように思われる。…高線量を被曝した被爆者において癌以外の死因による死亡が増加しているという傾向を確認し、更に、そのような死亡増加が寿命短縮をもたらしているかどうかを明らかにするためには、寿命調査対象の部分集団(成人健康調査対象)について2年に1回行う検診で確認される疾患、および寿命調査対象の死亡率に関して追跡調査を更に行うことが必要であろう。

45年後
第12報
1950‐90年

【ガン】被爆時年齢 30歳の場合、1Sv当たりの固形癌過剰生涯リスクは、男性が 0.10、女性が 0.14と推定される。被爆時年齢50歳の人のリスクはこの約3分の1である。被爆時年齢10歳の人の生涯リスク推定値はこれらよりも不明確である。妥当な仮定の範囲では、この年齢群の推定値は被爆時年齢 30歳の人の推定値の 約1.0倍 から 1.8倍 の範囲になる。
【非ガン】今回の解析結果は、放射線量と共にがん以外の疾患の死亡率が統計的に有意に増加するという前回の解析結果を強化するものであった。有意な増加は、循環器疾患、消化器疾患、呼吸器疾患に観察された。1Svの放射線に被曝した人の死亡率の増加は 約10%で、がんと比べるとかなり小さかった。しかし、この集団における1990年までの放射線に起因するがん以外の疾患の推定死亡数(140-280)は固形がんの 50%-100%であった。今回のデータからはっきりした線量反応曲線の形を示すことはできなかった。つまり、統計的に非直線性を示す証拠はなかったが、<0.5 Svでは、リスクが無視できるほど小さいか0である線量反応曲線にも矛盾しなかった。

52年後
第13報
1950-97年

【ガン】固形がんの過剰リスクは、0-150mSvの線量範囲においても線量に関して線形であるようだ。…被爆時年齢が 30歳の人の固形がんリスクは 70歳で1Sv当たり 47%上昇した。
【非ガン】がん以外の疾患による死亡率に対する放射線の影響については、過去30年間の追跡調査期間中、1Sv当たり 約14%の割合でリスクが増加しており、依然として確かな証拠が示された。心臓疾患、脳卒中、消化器官および呼吸器官の疾患に関して、統計的に有意な増加が見られた。がん以外の疾患の線量反応は、データの不確実性のため若干の非線形性にも矛盾しなかった。約0.5Sv未満の線量については放射線影響の直接的な証拠は認められなかった。

【参考 2】 追跡調査中の原爆とチェルノブイリ事故の被ばく者数と被ばく量
原爆とチェルノブイリ事故の健康被害の大きさをリアルにつかむための参考として、「寿命調査」
の対象となった被爆者(4.5 万人)とチェルノブイリ除染労働者(24.7 万人)の被曝量別人数をグラ
フに示します。

表(pdfのため転載不可):

500mGy以上の高線量被曝は、原爆被爆者に多く、それ以下の低線量被曝を受けたチェルノブ
イリ除染者業者は、原爆被爆者の数倍存在しています。
被曝後50 年以上経過した原爆コホートでは、それぞれの線量範囲毎に、被曝のためにガンを
発病した方の人数と比率が分かっています(下表)。例えば、200-500mGy 被曝の5935 人からは
1144 人のガンが発生し、うち179 人(15.7%)は被曝による過剰発生でした。もし同じ比率でガンが
発生すると仮定したなら、同じ被曝レベルのチェルノブイリ除染作業員49630 人から9566 人のガ
ンが発生し、その15.7%=1501 人が放射線被ばくによるガンと解釈できるだろうと推計可能です。
わが国には、原爆被爆者の長期追跡データが手元にあるのですから、それを参考にしてチェルノ
ブイリ災害の健康被害を予測することは、当たり前の科学的手法です。
いずれにせよ、チェルノブイリ事故の被害の全体が明らかになるのは今からさらに30、40 年後
以降ですが、原爆被爆者の追跡調査が、それを予測するもっとも重要な資料となると言えます。

【出典】
チェルノブイリ:UNSCEAR報告書表B3 (124ページ)
原爆被爆者:寿命調査http://www.rerf.or.jp/radefx/late/cancrisk.html
以上

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